気遣い無用。
「姿は見ていない。……いや、あの時の私が言っても説得力は無いな」
「私も、見てない」
レブはあの時もう意識がもうろうとしていた筈だ。私もマスラガルト達とライさんの戦闘やロルダンに気を取られていた。……だとしても、ロルダンは気付いていたらしい。
「……そうか」
フジタカはナイフをしまうと部屋を出た。だが、すぐに足を止めてしまう。
「お揃いじゃねぇか」
「……どうも」
頭を下げるフジタカの横に出るとパストル所長が立っていた。所長はすぐにフジタカの肩に手を置いた。
「片付けを任せて悪かったな。だが、さっき見せてもらったがすげぇんだな、アンタ」
「いや、俺は……まだまだです」
背負った剣の位置を肩だけ揺らして直す。……今日は抜かなかったな、ニエブライリス。
「早速で悪いが聞いてもらいたい話がある。……アンタの召喚士ももう広間に来てもらってる」
「チコが……?」
フジタカの顔色から察するに、まだチコは本調子じゃないらしい。だけど私はレブも連れて所長と一緒に広間へ向かった。
「お疲れさん、全員無事……だな?」
「その様だ」
先に集まり座っていた全員の顔を見回して、最後に所長はレブの顔を見た。一番心配されていた人が真っ先に言うものだから所長は髭を持ち上げて笑う。
「風邪気味の兄ちゃんも、か?」
「頭がガンガンして吐きそうで寒いだけだ……」
口は回るけど症状は重そうだ。それを聞いて所長も表情を引き締め直す。
「……ふむ。そういうわけだ、どうだいニクス様。このままガランに行くのは延期にしてアスールへ戻らないか」
パストル所長からの提案にフジタカが目を丸くする。カルディナさんとトーロ、そしてウーゴさんは静かにニクス様を見ていた。ライさんは座っているものの、俯いて話を聞いているのかも怪しい。
「フエンテって目的は仮にもそこで大人しくしてる先陣組が俺と一緒に達成したろ。連れの具合も悪いんじゃ……」
「俺なら平気です……」
レブの強がりの比ではない弱々しさでチコは遮った。無理をしているのは一目瞭然だった。
「声、ガラガラじゃねぇか」
「でも俺が足を引っ張るなんて……駄目だ」
チコは今にも吐きそうな顔をしながらもパストル所長を見上げている。目線を先に外したのは所長だった。
「……そこまでして、ガランに行く理由があるのかい?」
再度所長はニクス様を見て目を細める。所長はチコを心配してくれているんだ。
「自分はフエンテからすれば存在自体が厄介らしい。だからこそ自分がボルンタを離れてできる事も生まれる」
「………」
私達が固まって旅をする理由は一つではない。契約者がその使命を全うするだけでなく、フエンテを誘い出す役目も持っていた。
実際にその効果は行く先々で発揮している。完全に私達を標的にした彼らが、私達がガランに渡ったと知れば……きっと追ってくる。
「それで良いのかい、ニクス様」
「とうにその疑問は清算した」
ニクス様の返答にパストル所長は肩を下ろす。
「海竜の件はすまなかった。……ビアヘロではなかった以上、自分達に責任がある」
「それは言いっこなしにしてくれ。その責任なら、自分で落とし前をつけてもらったから……なぁ?」
所長はレブを見上げたが、本人はそんなつもりで戦ったのではない。
「目の前の敵を倒したまでだ。ビアヘロか、インヴィタドかは関係無い」
責任の果たし方はそれぞれあると思う。治すまでが責任か、倒すまでか、痕跡も残さない様にするか。レブもフジタカも私達が招いた災厄へ自分の力で対処はした。それでパストル所長はよしとしてくれている。
「……思いの外、いるんだな。召喚術を悪用しようなんて考える輩が。俺はそんなん考える余裕も無いままこんなに老けちまったってのに」
「老いるにはまだ早かろう」
……レブの一言はともかく、所長の言い分は私もずっと悩んでいた。こんな召喚術の使い方があるなんて、と驚くのは大抵が悪い場面だった。
「異界の門の大元……それを管理していると言っていたのだったか」
誰に聞いたのか、トーロはカドモスが私達に教えてくれたフエンテの存在理由をもう一度口にする。直後にライさんが音を鳴らして自分の籠手をぎゅっと握った。
「大層な口を利いたが、無関係な召喚士を巻き込んだ時点で程度は知れている」
「そうだ……!」
レブにライさんが同意した。
「奴らが何者だろうと……ココがいなくなって良い理由になんて、成り得ない……!」
パストル所長は私達を見回したが、誰も状況は説明できない。所長だって、私達だって知っている事でも、その気持ちと考え方を持っているのはライさんしかいないのだから。




