動ける者達だけで。
第三十六章
翌朝、陽が天頂に昇った頃に後続組が客船に乗って姿を現した。海竜は退治した後だからと他の乗客もいる。
海竜と言えば、私はロルダンが破り捨てた海竜の召喚陣を回収していた。紙の端がマスラガルトの血を吸っていたけど、これならソニアさんに見せれば何か分かるかもしれない。
フエンテと私達の違い。昨日はそれを思い知らされた気がする。
「ウーゴさん、起きていて大丈夫ですか?魔力……まだ全快じゃ」
「倒れているわけにはいきませんから。昨日頑張ってくれた、ライの分も……」
昨日レブを運ぶのも手伝ってもらったし、海竜の召喚陣を回収がてら外に一緒に来てもらっておきながら言うのも難だけど。ウーゴさんは血の気が少し引いた顔で弱々しく笑った。
「ライさんは……」
「勝手な行動を取った様に見えたろ?違うよ……二人でやった事だ」
ウーゴさんは疲れた顔に目だけが活き活き輝いていた。その差に私は二の句に詰まる。
「契約者を……ココを殺した連中の真意を知った。あんな連中だったら……」
「……ウーゴさん」
許せない気持ちは私達の比じゃない。それを私に止める事も肯定する事もできなかった。
異界の門の大元とも言える存在をフエンテが管理している。契約者が生んだ召喚士はその門を揺らがせる……かもしれない。だから、そんな召喚士を増やしてしまう契約者を殺してみた。それがベルトラン達の考えだったそうだ。納得できる答えでは、到底ない。
「ライは夕方には起きると思う。君のインヴィタド……レブさん、は?」
「レブは……」
目力の入ったウーゴさんから聞かれてまた私は返事を躊躇した。
「ザナ!おぉーい!ザナぁ!」
「フジタカ!」
船から降りてきた人狼の青年が、端に固まっていた私とウーゴさんの姿を見付けるとこちらに向かって駆け出す。話の途中ではあったがウーゴさんもニクス様やカルディナさん達の姿を見付けてそっちを向いた。
「ザナ!」
「……どうしたの?そんなに慌てて」
フジタカの切迫した表情にこちらも身構える。私の周囲を回ってフジタカは鼻をひくひく動かした。
「血の……臭い」
何度か回って立ち止まったフジタカが私を見下ろす。……そうだ、直接浴びてはいないけど私だってあの場にしばらく晒されていたんだから。
「怪我、したんじゃないのか?」
「私じゃないよ」
やっと私の目を見てくれたフジタカは落ち着いてきた様だった。そうか、信号弾で怪我したのが私じゃないかと思って心配してくれたんだ。
「……フジタカ、お願いがあるの」
「おう?」
ウーゴさんはカルディナさんやトーロと話をしている。ニクス様も傍にいて、チコが後からふらふらと船から降りていた。熱、引いたのかな。
だけど他の乗客がレパラルに入っていく前に。パストル所長が説明をしている裏を通り抜けて、私はフジタカと二人だけでレパラルの奥へと向かった。
「……なんだ、これは」
「……ライさんが戦ったの」
マスラガルトやスパルトイの残骸が転がる血塗られた港町。壁は赤く染まり、建物は所々が焦げて地面は血を吸って黒く変色していた。人間でも、鼻の良い人ならこの血の香を感じ取っている人もいるかもしれない。
「フエンテ?」
「うん」
私が短く頷くとフジタカはすぐにナイフを取り出した。
「……教えてくれよ。何があったのか」
フジタカがアルコイリスを緑色に変える。ナイフをそっと地面に触れさせると、徐々に地面の色が血を吸う以前の茶色に戻っていった。
「フジタカ、それ……」
「見える範囲の、指定した場所だけ消すナイフ……なんて。まだ練習段階なんだ」
ナイフの切っ先を上げてフジタカはアルコイリスを灰色に戻した。
「緑でやったら効率悪くて夜になる。……時間が無い、話しながら、一つ一つやってく」
「うん、じゃあまずこっち!」
また新しい力を取り入れようとしたフジタカだったが、まだ使いこなせてはいないらしい。だから確実な手段でこなしていく。私は取りこぼしが無いようにフジタカを案内しながら戦闘の痕跡をできるだけ消し始めた。
切っ先を触れさせさえすれば良い。数を目の前でこなされるとフジタカには驚かされるばかりだった。あれだけライさんが暴れて作り出した死体の山を彼は瞬く間に消していく。血が染みた地面や壁面だけが痕跡となり、この場が少し前まで地獄だったと見た者に感じさせる光景を二人で眺める。
「……気持ち悪い」
作業工程の八割が済んだ頃、顔が潰れたマスラガルトをナイフで消してフジタカは呟いた。
「仏に言う言葉じゃないんだがな」
「……ホトケ?」




