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絶倒。

 「あれではまるでただのケモノだ」

 今のライさんを見れば誰もがそう思いそうな一言。だけど、私はそれだけは口にしてほしくなかった。

 「ロルダン……!」

 ライさんをケモノ呼ばわりしたのは別の建物の屋根に立っていたロルダンだった。私は思わずに手を相手に向ける。

 「雷よ……っ!ぐ、うっ!」

 「無茶はいけませんぞ」

 魔法を使おうとしても、胸が痛い。立っていられずに膝をついて、私は呼吸するのも絶え絶えだった。

 「しかし、彼の力は見事でしたな」

 汗が滲み、滴らせながらも私は地上で戦うライさんの姿を探す。見れば、マスラガルトは三体を残すのみ。

 「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 「ギャァ!」

 武装するマスラガルトの盾を掴み、自分へ力強く引き寄せると肩ごと腕を切り落とす。

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「ブベッ!」

 円形の盾をもう一体のマスラガルトへ放り、顔面を砕く。その間に先程の盾と腕を切り落とされたマスラガルトの首を剣で撥ねた。

 「ガァァァァァァァァ!」

 「グジュ!」

 「ビャァァァ!」

 顔面を強打されて仰向けに倒れた一体の顔を更に踏み潰し、その踏み込みで身を屈めた最後の一体の胸を剣が貫く。それで終わりだった。……ロルダンを覗いて。

 「まさかここまで戦い抜くとは。しかもお二人がこの場に現れたという事はカドモスが敗れたか」

 「そういう事だ。海竜もついでに始末してやった」

 下に広がる惨状を見ながら、だけどロルダンは笑った。

 「始末……ね。今も彼と儂は魔力線の繋がりを感じている。これがどういう事か、分かりますかな」

 「カドモスは……生きてる……」

 私が胸を押さえながら言うとロルダンは深く頷いた。あれだけのマスラガルトを用意し、更に海竜とカドモスを使い続けるだけの魔力を消費している割には元気そうだ。

 「こっちはもう不要ですね」

 ロルダンは羊皮紙を取り出して私達に見せる様に裂いた。ひらひらと風に踊らされて落ちていくその紙には明らかに召喚陣が描かれていた。

 「今の……」

 「海竜の物です。あぁ因みに、海竜も仕留め損なっていましたよ。詰めが甘かった様だ」

 落ちた召喚陣を見てライさんがこちらを向いた。

 「いた!」

 「おっと、長居はできませんか」

 ライさんの血走った目がロルダンを捉え、再び剣が激しく燃え上がる。

 「う、ぐう……」

 しかし、突然ライさんがその剣を手から落としてしまう。……たぶん、魔力切れだ。

 「ウ、ゥゥゥゥゥ!」

 「その牙や爪だけで儂は簡単に殺されるな。では、これで失礼します」

 まだ唸るライさんを見下ろして、戦意を失っていない獅子に一歩ロルダンが身を引く。

 「ぐぁ……っ!」

 急にロルダンのローブにナイフが突き立った。ライさんがあの位置から投げたんだ。じんわりと血が広がる様を見てロルダンは顔色を一気に変える。

 「く、うぅぅっ!」

 攻撃手段は何も剣や拳だけでも、魔法だけでもない。持っている石ですら使い方によっては凶器と成り得る。ロルダンは肩から血を出しながらナイフを引き抜くとそのまま捨てた。

 「この……ケダモノめ……!カドモスを本当の意味で倒せなかった事、悔いた方がよろしいかと思いますぞ……。ふふ……その体ですら、できなかったのかもしれませんが……!」

 肩を押さえながらライさんを睨み、ロルダンが私達の目の前から、消えた。ライさんもその様子を下から見て、力無く血の海の真ん中でべしゃ、と足を崩れさせる。

 「いなくなった……」

 急に物音一つしない静かな世界になって私は深呼吸する。しかし強烈な血の臭いに吐き気が込み上げた。ちょっとこの場所は空気が悪い。

 私達はカドモスを倒せなかったのではない。倒さなかったんだ。始終を見ていなかったロルダンは知らずにそのまま消えた。海竜は使い捨てたみたいだけど、きっとカドモスもフジタカのお父さんの力で回収されている。本当にどうにかしないといけないのはあのロボという人狼の方だ。未だに姿すら見せず、私達の目の前でフエンテの転移を担っているのだから。

 「……レブ、ごめん。ちょっと海岸の方に連れてってくれない?ちょっと……具合が」

 だけど今は乗り切れた。本来の目的であった海竜退治だけでなく、フエンテにも手傷を負わせたのだ。少しは前に進めていると思いたい。

 「………」

 「……レブ?」

 返事の無いレブに振り返る。もう一度名前を呼んだ時だった。彼に異変が起きたのは。

 「………」

 レブの体が、ぐらりと揺れた。その姿に目を奪われた時にはもう、私の目の前でレブがうつ伏せに倒れてしまう。

 「え……?」

 信じられない光景に私はただ首を傾げた。手を伸ばしたところに彼がいる。触れる事もできた。

 「れ、レブ……?レブ!レブ!」



 私が何度揺すって呼び掛けても、レブは返事をしてくれなかった。

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