せっかちになる理由。
もしかしたらまた戦う事になる。そうしたらこの機会はまたとないかもしれない。
「次も負かす。また立ちはだかるつもりならな」
「……うん」
私の気持ちを読み取ったか、自分への宣言かは分からない。だが、レブの決断を私は尊重する。願わくば、もう戦わずに済ませたいと思いながら。
「時間は限られている。次だ」
「え……」
レブの姿が私の前から消える。直後、背後で叫び声が上がった。
「お前!?えぇ!?」
聞こえた声がパストル所長の物だと思った時には遅かった。振り返るとざばんと大きな波を立ててレブが海竜を所長のシーサーペントごと空中に担ぎ上げている。
「逆流が嫌ならすぐに消せ!」
「ちっ!本気かよ……!」
身体の全長だけでもレブの三人分はあろう大きさの海竜は確かに小柄だ。全身に絡まったシーサーペントと格闘していたらしい。だが、レブは飛んで両腕を上へ力強く上げたまま固定する。
パストル所長の命令でシーサーペントが海竜を解いて一匹で海へ戻る。そうなれば動きに幅が出てレブの腕の中で海竜はじたばたともがく。その間に雲がどんどんこの島に集まり空を暗くしていった。
「寝ておけ……!」
「モァァァァァァァァァァ!」
曇天と言うにはあまりに暗い。この島にだけ現れた黒雲をレブが魔法を使って光らせる。それは照らすという行為ではない。力ずくで相手を灼く爆音が低い唸り声を上げ、次いで船の汽笛の様な悲鳴を海竜が島中に響かせる。首がぐったりと下を向いて動かなくなった海竜をレブは自分の足元に広がる海水へと投げ捨てた。
「あれだけ浴びて気を失っただけか。加減方法ももう少し覚えねばな」
私の元に着地したレブはそんな事を言って自分の浴びた海水を振るい落とした。
「あとはあの獅子か……」
パストル所長は遠目に私達を見て固まっている。私達の戦い方なんて話している場合じゃない。
「待って!」
「む」
レブが身を屈めたのを見て私は呼び止める。こちらを見たレブの腕にすぐ自分の手を置いた。
「私も連れてって」
「……承知した」
レブはひょいと私を抱き上げて飛び上がる。その間に再びレブの顔がぼやけていく。
「……見付けた」
話し掛ける間も無くレブは島の一点を目指し急降下した。私はその速度に思わず目を瞑ってしまう。
顔に当たる風が熱い。そう感じた時にはもうレブは着地していた。目を開けると家の屋根の上に私達は立っていた。レブに下ろしてもらい私はその光景に息を呑む。
「そして時間切れだ」
心臓が一度大きく跳ねると隣に立っていたレブの姿が変わる。頭身が幾つか減って、魔力切れを起こした私のせいでレブはまたあの姿を失った。……しばらくは使えないな、また。
だけどそれ以上に、私は変わり果てたライさんの姿に何も言えなくなってしまう。ウーゴさんはパストル所長とこっちに向かってきていると思いたい。来ても、どうしようも無いだろうけど。
「ガァァァァ!」
炎の剣はすっかり短くなっていた。伸びた部分は指の爪程度。それでも尚、刃は炎を帯びて辺りのマスラガルトを焼かんと揺らめいている。スパルトイは一体も動いていない。理由があるとすれば、ライさんが優先して一体残らず倒し尽くしたか。若しくは私達がカドモスを倒したからか。
血塗れの鬣と鎧。それは持っている炎の剣のせいかすっかり乾燥して赤黒く染まり固まっていた。自身の出血か返り血かも分からないが、間違いなくライさんの額の左側からはざっくりと裂傷が横に走っていた。深い傷かはこの位置からは判断できないが、ライさんは枯れかけた喉でまだ叫びながら戦っている。
「ココ……!ココぉ!おぉぉぉぉぉぉお!」
まだ、ココの名前を呼んでいる。その姿があまりに痛ましくて私は目を逸らしたくなった。
だけど、私達は見ておかないといけない。彼にあの姿になる選択をさせてしまったのだから。
見れば、マスラガルト達は所々に火傷を負っていた。ライさんと代わる代わる戦って疲弊させたか、それとも炎がまだ伸びていた頃に挑んで焼かれたか。無傷なマスラガルトはほぼ見当たらない。
「レブ、ライさんは……」
「私の介入など、あの獅子は許さないだろうな」
レブは動かない。そんな悠長な事を言っている場合じゃないのに。
「だけど、あれじゃライさんが……!」
剣の切れ味は衰える事を知らずにマスラガルトを肩から腰にかけて容赦なく両断した。数は減っている。一人でこれだけおびただしい数の屍を築いたのなら血の臭いに酔っていてもおかしくはない。




