話題の中心にいる、共通の人。
レブが一層気合いを入れる。相手が油断しないのなら、こちらは一分の隙も見せられない。
「オレも人間という生物に馴れ合い、多少は変わったのかもしれぬな」
カドモスも再び構える。そう、相手とレブの力量差は私が思っていた程では……ない。一方的に圧倒されるだけならまだしも、カドモスは明らかに拳を庇って立っていた。
「………」
一方のレブは初手で打ち負けたがまだ平気そうだ。一撃の威力だけでもさっきの蹴りはカドモスへ確実に痛手を与えている。最初こそ、油断だったかもしれないが次も同じ様に振る舞えれば或いは勝てるかもしれない。
「強さは変わっていない様だな」
「そうさな。オレは変わらず強い。そして、お主は弱くなった。それが……っ!」
ぶん、と大きな音と共に風が吹く。刹那、カドモスがレブに突進していた。
「真実だっ……!」
「ふん」
しかしレブはカドモスの一瞬の動きに対応していた。カドモスの頭に片手を乗せて、そのままひょいと飛び越える。背を蹴り更に勢いを増したカドモスはそのまま砂浜で転び、海へと顔を突っ込んだ。
海竜は海中に潜ったまま出てこない。遠くでパストル所長が海を見ながら怒鳴っているのが見えるだけ。シーサーペントを戦わせているんだ。こっちが海辺で戦っていてもしばらく海竜がこちらを向きそうな気配は無い。
だったらロルダンも海竜を動かす余裕が無いんだ。自分の追跡者、ライさんへの対処に追われて。
「泉の守護者よ。今度はその塩水を自身の守護対象とするつもりか」
「……べっ。そんなところよ」
皆が引き付けている間にこちらも決着を急がないと。私が内心そわそわしていると、泥を吐き出してカドモスは笑った。……この人、本当に世界を守ろうなんて思っているんだ。
「正面からの打ち合いばかりだったお主にしては珍しい行動だ。さてはこのオレに臆したらしいな」
「無い頭で安い挑発をするな」
この二人……どこまでが本気なのだろう。私は殺されると思ったけど、あの二人の間には命のやり取りをしているという意識があるのか分からない。
「ククク……思い出すな。オレ達がまだ、元の世界に居た頃を」
「ティラもいたらはしゃいだだろうな」
カドモスが口元の泥を拭いながら目を丸くする。
「あの緑竜、この世界におるのか!?」
「あぁ。私を追い掛けてな」
レブは微かに舌打ちしてからカドモスに殴り掛かる。その拳はカドモスの大きな掌にしっかりと受け止められ、掴まれてしまう。
「竜人などこの世界ではオレぐらいのものと思っていたが……これは愉快!あの金魚の糞もこの世界に、しかもお主を追って現れたとな!」
「迷惑な話だ……!」
レブが膝をカドモスの腕に突き入れ自分の拳をカドモスの手から抜け出させる。
「そう言うな。自分を想い慕ってくれている者がおる。それだけでも幸福感は味わえる」
いないよりは良い、という話だろうがレブには多分通じていない。ティラドルさんの事となると優先順位は下の下以下にしちゃうんだから。
「分からぬでもない。私にも思い慕う者はいるからな」
……それって。
「そこの華か?確かにな。ロルダンから召喚陣を取り上げて乗り換えたいくらいだ。そんな姿に堕とされたくはないが」
レブが足を踏み鳴らし、掌底をカドモスの胸に叩き込む。私が気付いたのは、カドモスが胸を押さえてからだった。
「ぐ……ぶ……!」
「あの召喚士は私と専属契約を結んでいる。まして、お前と共有するなんておぞましい」
「ぐ、ふ、フフフ……」
レブとティラドルさんが訓練をしていた時、身体の熱を発散する為に蒸気を放出した事があった。カドモスが腹を押さえて湯気を上らせながら汗を垂らすのは、普通の人間らしい姿に見える。
そこで思ったが訓練というか、殺し合いと言うより手合わせに似ているんだ。そんな場合ではないのに、彼らを止める術を持たない私達は介入する事もできない。
「専属契約……?お主、この壊れた世界に永住すると決めたのか」
「成り行きだ」
カドモスが私を見たが何も言わない。……付き合いが長いなら、レブは嘘を言わないと知ってる筈。遠回しで素直でなくても成り行き、と言えば私のせいだとは気付くかも。
「グアルデも同じか!」
「ティラなら今頃、トロノで魔力だけ吸って怠惰にしているだろう……なぁっ!」
拳と拳が打ち合う。またレブが打ち負けた。だがすぐに後ろへ跳び、地面を大きく鳴らし踏み込み直すとすぐに蹴りを入れる。カドモスは腕を交差させて受け止めた。




