獣王有尽。
フエンテは契約者を殺す程でもない存在と思っていた。だが、今ところ特段何も起きていないが召喚士を増やされたら危険かもしれないので殺し、減らしておく。殺した契約者の名は、コレオ・コントラト。
「ぐうっ……!」
ウーゴさんが体を折り曲げて呻いた。直後、ライさんが前へと踏み込む。
「うぉぉぉぉ!」
剣の刀身が赤く変色した。その数秒後、巨大な爆発音と共に刃が火を噴いた。剣が帯びる炎はどんどんとその大きさを増し、剣の刃渡りから倍程度まで伸びる。
「またあの獅子か……!スパルトイ!奴を止めよ!」
「………」
ロルダンが猛進してくるライさんにスパルトイを差し向ける。しかし指示と裏腹にスパルトイは微動だにしない。
「カドモス!これは何の真似です!」
「ふん」
慌てふためくロルダンにカドモスは鼻を鳴らした。
「くっ!マスラガルトよ、炎の獅子を殺せ!」
「ら、ライ……!」
「がぁぁぁぁぁぁぁ!」
スパルトイはロルダンの命令を聞かず、ライさんにも仕掛けない。ライさん自身は狙うのはロルダンのみ。マスラガルトはすぐにカドモスに背を向けてライさんへと向かう。ウーゴさんは苦し気に声を上げたがライさんは炎の剣で纏めてマスラガルトを建物ごと焼いてしまった。
「無茶苦茶だな!お前ら!」
「どちらに対して仰っているのですかな」
マスラガルト達とライさんの戦闘が始まると余裕を取り戻したのか、ロルダンは叫ぶパストル所長を見て笑う。途端に私達の後ろで大きな音と共に水飛沫が降り注いだ。
「お前ら両方にだぁ!」
後ろを見ると海から長い首が姿を現していた。カドモスの全長と同じ程度に長い首先についた竜の頭。それは首の下にそれよりも大きな体が海中に存在している証拠でもある。
「あれで小型……なんだよね」
「この小島より大きな竜など、私の世界ではそこいらにいたものだ」
あの海竜を相手にするのは、実際はパストル所長一人だ。私達にはどうやってもカドモスを無視する事はできそうにない。ライさんだってもう、マスラガルトの群れに足を取られている。スパルトイが動かないのがせめてもの救いだけど。
「……貴方が止めてくれているのですか?」
ライさんの勢いが止まらない。次々にマスラガルトに刀身ではなく炎を浴びせて倒していく姿はさながら演舞……いや、荒々しい炎舞とも言うべき炎の嵐だった。建物にライさんの炎が燃え移るとウーゴさんがオンディーナに命令して消している。
私はスパルトイが動かない理由は彼、カドモスにあると思い、意を決し向き直る。スパルトイはテーベの竜が持つ牙から生まれるから、たぶん支配権は彼が持っていると思ったから。
「物知りの様だな、華よ」
「……ザナです」
自己紹介をし直している場合じゃないのは分かっている。だけど、この人はレブにも私にも……敵意は見せていない。それどころか、自分を召喚したロルダンの危機にライさんの妨害をもしなかった。
「あまりに美しくてな。してザナよ。何故それを問う。仕掛けられて負けるのはお主らであろう」
「………」
ロルダンはこの騒ぎに乗じて姿を隠した。……またフジタカのお父さんに逃がされたかは分からないけどライさんはまだ何かを目指し島の奥へと進んでいた。
「私達は貴方達がいる事を予測した上でこのレパラルに来ました」
「オレが動かずとも余裕が無い状況で虚栄を張るその意気、アラサーテが召喚に応じただけの事はあるな」
敵意じゃないんだ。この人が私達に向けているのはまだ友人と、友人の知人に接する態度なんだ。だから戦闘が始まっているこの状況でとても違和感が残る。
「言っておくが召喚に応じたのではないぞ」
「なに?」
周りはスパルトイとマスラガルト、それに縦横無尽に戦うライさん。そして背後の海には海竜。殺気立つ戦場の真ん中に立ちながらも、どこか楽しそうに話しているカドモスにレブは首を振った。
「私はこの召喚士に首根を掴まれ、強制的にこの世界へ呼び出されたのだ」
そんな話もしてたかも。レブが自分の世界にあった異界の門近くに居たら、突然私が召喚陣を発動させたんだっけ……。
「なんと!てっきり美しき華の香に、鼻の下を伸ばしたものとばかり!」
トーロを召喚したり、ライさんを召喚した際はそれぞれ何かしら説得や取引だったと聞いている。だけど私とレブには無かった。召喚陣の誤作動と思っていたけど……やっぱり異例なんだ。そうだよね、位の高い悪魔だったり、ましてや高潔な竜人を呼び出すには魔力以外の対価を求められるのが普通だ。




