言葉通りに。
ロルダンに対して眉根一つ動かさずにパストル所長は相手を見ている。雰囲気は出ているが、そこに殺気らしきものは乗っていない。
「優秀な召喚士、な。噂に違わぬ貫禄を持っているじゃないか」
「パストル・アレン。自身の力と周りからの支持で短期間の内に召喚士育成機関アスール支所長にまで上り詰めた男に、そう言ってもらえるとは。長生きはしてみるものだ」
褒め合っている筈なのに漂う空気は重い。私だって、相手からの称賛が皮肉だとは分かり切っている。パストル所長だって同じだ。だから腰に提げた短刀の柄に手を乗せている。
「……ふむ。確かに力はあるのでしょう、だが、遅咲き過ぎた。貴方はフエンテに足る力は持っていない」
「そうだよ。俺は単なる召喚士で十分だ。なのにアスールで所長なんてもんに担ぎ上げられてメーワクしてんだ」
さり気無く短刀を抜いてその刃を下に向ける。それだけで帰ってくれればいいのに、願い通りに話は進みそうにない。
「それだけ評価されている証だ。それに貴方はその役割を今日まで全うしている。才があったのでしょう」
「かもな。じゃあ、その役割ってやつを今日も果たさねぇといけねぇ。それでこそ、勤めの後の飯がウマいってもんだ」
パストル所長は力無く持っているだけだった片刃の刀身を水平にまで持ち上げロルダンに向けた。
「……場合によってはこの短刀をテメェに直入させる。ウチのもんにちょっかいを掛けた海竜はアンタが呼び出したインヴィタドか」
ロルダンは大きく目を見開き、そして笑う。
「ふふ……単刀直入、まさか実際の脅し文句として聞く事になるとは思いませんでした」
ふざけて言っているのではない。所長が沸々と怒りを煮えたぎらせている横ではライさんも爆発寸前だった。
「ライ、言質を取っても……まだだぞ」
「後手に回るつもりはない」
ウーゴさんの言葉もライさんには届いていない。ならばライさんは動き出せば誰にも止められない。
できるとしたらレブだ。本人にライさんを止めるつもりがないのなら、方法は一つ。
その時が来たら誰よりも先に仕留めてもらう。死にたがっている様に見えている、と言ったレブの言葉が私には忘れられない。
復讐ならまだ、いい。だけどライさんが死んでは駄目だ。そんなの誰も望んでいない。
「………」
ロルダンが腕を掲げる。しかしそれと同時に私の胸が痛んだ。
「うっ……!」
私の声にウーゴさんだけがこちらを見た。直後に空が暗くなる。パッパッと細い光が次々に発生し、ロルダンの後ろで大きく厚い紙を割く様な音を立てて落ちた。
「なんだぁ!?」
建物の裏から次々出てきた影はよろよろと数歩歩いて倒れる。パストル所長は声を上げたが私達はそれを知っていた。
「質問に、答えろ」
「………」
レブの腕がロルダンの方へと向けられる。老人は自分が召喚したであろうトカゲ男と、インヴィタドの牙から生み出した兵士の姿を一瞥すると舌打ちをした。
「この程度ではよもや役に立ちませんか」
「まだ控えているな。答えぬ様なら纏めて吹き飛ばす。この港の建物一つ壊さずにな」
任意の場所への落雷。出力を絞り暗雲もごく小さな物だったとは言え、レブが無詠唱で遠距離へ魔法を使った。カンポではあれだけ時間も隙もあったのに。
レブがどれだけ成長したのか。本人は分かっているだろうが召喚士の私の方がまるで分かっていない。それどころか、私がレブに自分の変化を教えられていたぐらいだ、
「歩いた先には草の根一つ残らない焦土と化すなどと言われている貴方がこんな器用な真似をされるとは」
「枯れ木の幹よりも細いその喉笛から手が出る程に欲しがった有能な召喚士が私を支えているからな」
さらりとそんな事を言うもんだから私だってロルダンへと手を向ける。
「竜から授かったその力は老人を焼く為のものですかな」
「何度も言わせないでください。……質問をしているのは、私達です」
咄嗟にできるか分からない。私ではまだレブの様な雷撃は連発もできなかった。だけどこれだけは言える。この力は私の力として、私が信じる人を守る為に使う。
「……はぁ」
巾着から飴玉を取り出してロルダンは頬張った。
「確かにアスールの召喚士を襲った海竜、召喚したのは儂だ」
飴玉を口の中で転がしながら、だが確かに自分が呼び出したインヴィタドだとロルダンは認めた。
「呼び出したのは別の理由で、その後制御ができなくなって襲ったからあれは事故、なんて言い訳に耳は貸さねぇぞ」
「構いません。儂が命じた事ですからな」




