見えるレパラル。
こっちから持ち掛けた話に影が差しそうになるのをこちらの立ち振る舞いでなんとか信じてもらいたい。言い出した以上、やり遂げる覚悟は持っている。
「この船を無傷で持ち帰りたいのも分かるが、相手は生半可ではあるまい」
「その相手以外に傷付けられたから怒ってるんだよ……」
竜同士の争い。私が見たのはレブとティラドルさんの訓練、そしてこの前のレブと飛竜の戦いだった。特にワイバーン戦で肝が冷える思いをしたのは忘れない。あの攻防の激しさは他の種族との戦いでは到底見られなかった。無傷で帰れる保証なんてまったく無い。……だからって、船に傷を作っても良いと置き換えられる訳でもなく。
「そうだぞ。ああいう奴らにいつ襲われるか分からない。だからその時の為に普段は手入れを欠かさないで、万全にしておいてやらないといけない」
一理ある。レブもパストル所長の一言にそう思ったのか体勢を変えて船に着地した。
「万全を期すのであれば、操舵室を離れるべきではあるまい」
「オンディーナが張り切ってくれてる。話を聞くに、おそらくウーゴさんが起き出したんだろうさ。それにこの海はいわば俺達にとっては庭だ。どこにいても目的地は見失わねぇよ」
その頃、灯台の光がこの海にまで届いているのが見えた。そうか、あの光さえあれば帰る事はできる。
「……注意してくれ。このまま進めば夜明けにはレパラルに着く。だがな」
コン、と飛沫にしては違う音が耳に入って来て、私はレブと共に船の壁面を見た。小さな木の板がぶつかっていたのだ。この海の真ん中で。
「前回、海竜にやられたはこの海域だ」
「……」
私はレブと顔を見合わせる。
「夜の見張りは私が引き受ける。レパラルに着くまで寝ておけ」
そっとレブは私を下ろして翼を広げた。
「一人で戦おうとするなよ」
「私とて共同戦線の意味は知っている。それに、仕掛けるのはこの場では無さそうだ」
何を感じ取ったのかレブは目付きを鋭くして浮かび上がる。
「一日飛んでいるのは疲れるんじゃないの?」
「貴様の酔いを防ぐ為に飛んでいたのだ。夜明けまではあの上に立っていれば良い」
言ってレブが指差したのは帆を吊るす帆桁部分だった。しっかりした太さはあるけど木は木だ。あまり乗るべきではないと思う。
「……暴れんでくれよ」
「敵が来なければ見ているだけだ」
……もしかしてレブ、船とか好きだったのかな。パストル所長はレブからの返答にとりあえずの納得をしたのか数度頷くと操舵室へと戻っていった。
「……早く寝ないと貴様が苦しむだけだぞ」
二人になって開口一番、レブは私を見下ろして腕を組む。
「この海では仕掛けてこない?」
「どうやら向こうからは、な。だからこちらから潰す」
レブが握り拳を作って見せた。さっきは気配が無いと言っていたから、ほぼ問題無いとレブは確信しているみたい。
「……おやすみ、レブ」
「あぁ、おやす……」
寝る前の挨拶に、と何気なく言ったら思わぬ返答が聞こえてきた。それに対して私が表情を変えて我が耳を疑ったからもう遅い。
「………」
「………」
「……酔うぞ」
惜しかった。言ってくれると思ったのに!
「おやすみくらいいいじゃん!」
「……早く眠れ。翌朝顔を合わせた途端に吐かれては堪らないからな」
そう言えば初めての船旅ではレブにずっと看病してもらってたもんな……。く、もう少し頑張るか、自分が鈍感だったら。
言い返そうと言葉を探るうちにレブは帆桁に向かって飛んでしまう。……もう少しだけ我慢できたら食い下がるがレブに釘を刺されたのもあり、私は渋々部屋に戻って休ませてもらった。
翌朝、船室から出てみると景色が変わっていた。木々生い茂る大地と砂浜、そして石垣が組まれた小さな港が見えている。
「おはよう、レブ!」
「……ふん」
あぁ、一晩じゃやっぱり機嫌良くはならないか。だけどレブは何も言わずに私を抱き抱えて飛んでくれる。
「ねぇ、まだ他の三人に挨拶してないんだけど……」
「寝惚けて悠長な話をしている場合ではないぞ」
「そういうこったな……」
レブに続いてパストル所長、そしてウーゴさんと鬣が乱れたライさんが姿を現す。寝癖は酷いが目はしっかりと開いていた。
「着いたら身支度。そうしたらすぐにでも再出立だぞ」
「は、はい!よろしくお願いします」
レブに抱かれたまま、ってウーゴさんから見たら違和感があるだろうけど、説明している余裕も無いと言った様子で所長もライさんもきびきび動き出す。私も圧倒されながらまずはちゃんと目を覚ましておくのが先決と判断した。




