標的は標的に過ぎない。
チコの容体も気にはなるが、私達も聞いてもらいたい話がある。所長にとっても、聞き逃したくないと思うし。
「ほぉ……」
フエンテの話は既にブラス所長の報告書が回って来ていたためすぐに通じた。現状分かっている点を把握してもらった上で、私達が道中で二度遭遇した件も報告する。その途中でレブの話にも触れられた。
「じゃあザナ……。君のインヴィタドは元々……」
「最初から竜だったんですけど……私の力じゃレブをこれくらいの姿にしかできなくて」
今の姿ではない。トロノから出発した頃のレブを思い出しながら手の高さを調整して身振りで説明する。
「それがフエンテのベルナルドに何かされて力が増した……」
「違う。力の使い方が変わった、だ」
「……らしくて」
私の後ろに立っているレブに訂正されながら答える。元からあった力なら、鍛えればもっと強くなれるかな。それがレブの力にも直結する筈。
「成程ねぇ。立派な竜人だ」
「ふん……」
行く先々でレブが褒められる様になった。前の不当と言うか奇異の目を向けられるよりは良いけどレブからしたら掌返しにしか見えないよね。
「おっと、気を損ねるよな。すまなかった」
「構わない。力や年齢は関係無い。私はこの世界に招かれた側の者だからな」
パストル所長がすぐに察して気付いてくれたからか、レブも目付きを緩めた。相手が気付いてくれたかは別だけど。でもやっぱりお互いよく観察し合っている。
「……で、そこの竜人様と知り合いの竜を召喚した爺さんがフエンテにいて、ファーリャでも勧誘と忠告をしてきたか……」
更に話を続け、一通りの報告を終えると所長は肩を落とした。
「で?インヴィタドをけしかけてカルディナ達でぶっ飛ばしたと……。後処理は?」
「一応……。ファーリャの人達がやってくれました」
契約者の一行がビアヘロを倒したという話はそのうちこのアスールにも届くだろう。実際はビアヘロじゃないんだけど。でも、だからこそ私達は別の可能性を提示できる。
「……海竜の出現時期とは重なるか」
「ここ数日の話なんですよね?」
あぁ、とパストル所長はカルディナさんに頷いた。音を立て叩いては頭を押さえる。
「一昨日の話だよ。貨物船を一隻やられて、その日のうちに部下も返り討ちだ……」
ただのビアヘロならその海竜を一体倒せば終わり。だが、もしも海竜がインヴィタドであれば召喚士が再び呼び出して同じ真似をするかもしれない。
「ビアヘロがほとんど出ない地域にいきなりデカいのが現れた。そりゃあ不自然だわな」
アスールが海竜に脅かされているとは知らなかった。だけど知ったからには私達だって同じ召喚士。何か力になりたい。まして、これがあのロルダンの仕業だったら私達を呼んでいるとも取れる。
「私達にもできる事はありませんか」
「そうさな……」
カルディナさんに所長は腕を組んで背もたれに身を預けると体を逸らす。
「契約者の儀式を。終わり次第、アスールから離れた方が良い」
言われた言葉は予想しなかったわけでもない。どこに行ってもそうだ。ブラス所長も、テルセロ所長も。私達に対して掛けてくれる言葉は戦いから身を遠ざける事ばかり。
「それは……」
「気持ちは有難いんだ。だが、アンタ達はトロノ支所の召喚士で、契約者護衛任務中だろ」
その通り。私達が危険に自ら首を突っ込む理由は無い。パストル所長が私達の腕輪を指差して言った事は自覚を促しているんだ。
「海竜がフエンテの爺さんの仕業とは、アンタ達にも判断できない。俺達だってそうだ。対処できそうな今からアンタ達の力を借りるわけにはいかんな」
「手柄が欲しくてやっているわけでもあるまいに」
「そうなんだけどよ」
レブに言われて白い歯を見せ所長は苦笑する。
「手柄と言うよりは俺達の海を荒らすのが許せないんだ。勝手な真似をする存在がまだ潜んでいるのなら俺達の手で何とかしたい」
「矛盾しているぞ」
今日は積極的に喋るレブに私は内心引っ掛かっていた。所長を気に入ったのか、それとも逆に攻撃したいのか……。
「その見栄で部下を危険に晒し、余計な怪我を負わせるのか。力ある私達は庇っておきながら」
「それは……。契約者を最優先で守るのはどこも一緒だからでな……」
レブに言われて所長の迫力ある顔からはすっかり覇気が消えて疲れた顔だけになってしまう。でも言いたい事は分かってきた。
フエンテだから戦うのではない。そこに降り掛かっている火の粉があるから払うんだ。ビアヘロかフエンテかは二の次。




