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晴れぬ疑心。

 酷い裂傷を受けた召喚士はインヴィタドを失って放心状態。それに夜が明けてからようやく寝たばかりでとても話は聞けない。

 だけど私達には話を聞きたい理由があった。

 「それは本当にビアヘロか」

 ライさんの一言は誰もが頭の中にあった。この地方ではビアヘロが少ないから言っているのではない。現れたのが小型の海竜だったらしいから、だ。竜と聞けば私達はすぐに別の存在を思い浮かべてしまう。連想するのも比較的日が空いていないからというのもあった。

 「どっちにしろ、人を襲うなら退治しないと」

 「俺達が首を出す事ではないだろう」

 「それって……」

 私の意見をトーロが否定する。相手はアスールの海域で出たビアヘロだ。……普通ならアスールにいる召喚士達で対処するのだろう。

 だけど相手が相手だ。実力は知らないけど皆がいれば、きっと勝てる。

 「……ちょっと素朴な質問、してもいいか?」

 フジタカがおずおずと手を上げて私達を見渡す。その姿にカルディナさんやウーゴさんと顔を見合わせる。そんなに申し出たりしなくても答えるのに。

 「どうしたの」

 「竜のビアヘロってどんくらいいるんだ?」

 数を聞かれると私も困るな……。私はそもそもビアヘロの竜は見た経験自体が無い。

 「多くはない、とだけ。ただし現れれば総出で対処する事になるでしょうね」

 「危険だから?」

 フジタカにカルディナさんが頷く。

 「ビアヘロは自分を維持する魔力を求めて、この世界の魔力源を摂取する。理知的な相手程計画的に、効率良く実践するでしょう?となれば……」

 「果物より生き物、生き物なら動物より人。……人間なり、召喚士なりを優先的に食っちゃうんですよね」

 随分前に話した事だけどフジタカはきちんと覚えていてくれた。

 「竜って、その……必要な食べ物の量が多いんじゃないですか?」

 「でしょうね。だからこそ、昔は召喚士のいない村を一つ丸ごと呑み込んだ竜もいたそうよ。それでも満たされなくて、爪跡だけ残して消えてしまったそうだけど」

 カルディナさんの口振りからして、自分の経験談を話してくれているわけじゃない。だけど聞いた話は穏やかじゃない。

 「インヴィタドである私には関係無いぞ」

 「う、うん……」

 レブを見て思ったのだけど、専属契約をしたからって私一人で満足できる魔力量を与えられているのかな。村を一つ滅ぼしても自分を維持できないのが竜だとしたら……。だけど本人が平気と言って今も一緒にいるのなら大丈夫、なのかな。消えるとしたらもっと前にいなくなってるよね……。食べるって思っているよりは効率良くないのかも。

 「ビアヘロなら放って置けばそのうち消えるんですかね?」

 「そこよ」

 眼鏡を拭いて掛け直したカルディナさんの眉間には皺が寄っていた。

 「相手は小型の海竜、と言っていた。カルディナの紹介していた例は極端だが、もう少し魔力を少ない摂取で賄える存在だったら……」

 きっと、また現れる。トーロに言われずとも全員が分かっていた。

 チコがいないままだったが私達はアスール支所の所長室に招かれていた。入って通された部屋の広さと中の派手さには身じろぎをしてしまう。昨日通された部屋とは大違いだった。

 木造の建物なのは全体と変わらないが飾られている海と灯台、そして灯台が指す光を頼りに暗くなりつつある空を飛ぶ巨鳥の油絵がまず目を引いた。敷物の私よりも数倍大きな白い絨毯も何かの獣の毛皮だった。

 「おう皆さん。お揃いで……」

 所長席に座っていたパストル所長は私達の姿を認めるとゆっくり立ち上がった。その目の下にははっきりとクマを浮かび上がらせている。先に来客席にいたニクス様は私達が部屋に入ると閉じていた目を開けた。

 「所長、寝てないんですか?」

 「うん?はっは……。分かるか?ったく、歳は取りたくねぇな」

 前の私やチコを思い出してつい聞くと、所長は笑って毛の無い頭を撫でた。

 「昔は三日三晩の徹夜も堪えなかったってのに、今じゃ一夜だけでこのザマだ。あーやれやれ」

 極力元気な姿を見せようとしてくれている様だけど、声は低くすっかり枯れていた。本当に寝ずに看ていたらしい。

 「あの……うちの召喚士が一人、熱を出しまして。その時に怪我の容態の話も聞きました」

 「そうかい……。なら、色々省けるな。そっちの熱ってのは?」

 「風邪と診断されました。薬を飲んで休ませてもらえれば」

 パストル所長は頷くとニクス様の正面に置いてあった一人用の椅子に座った。

 「座ってくれ。その召喚士の方もお大事にな。あいにく気付けなかったが……」

 「こっちも具合が悪いと知ったのが今朝だったもので」

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