こんにちはおじさん。
第九章
レブの過去を聞いてから、一週間。あれからティラドルさんの研究室に行く事はなかった。そもそもレブが行きたがらないし、一人で行こうにもソニアさんにだって迷惑がかかる。
私達は召喚学に専念していた。それが本業であり、レブやフジタカみたいなインヴィタドを召喚してしまったからたまにビアヘロ退治に呼ばれる事もあっただけの事。
「お前らが特待生、ねぇ」
今日見学に来たのはトロノの鍛冶屋だった。出迎えてくれたのは背丈がレブよりも一回り大きな成人男性。鱗には覆われていないが体毛が濃く、強面の顔で私とチコを見上げた。
「俺はセシリノ・エナノー。トロノに召喚されてからは十五年ぐらいになるかな」
「ザナ・セリャドです」
名乗って握手すると、レブと同じくらいの大きさだった。私の手がすっぽりと包みこまれてしまう。彼もこの世界の人間とは違う、ドワーフと呼ばれる小人のインヴィタドだ。
「チコ・ロブレスです」
続いてチコもセシリノさんと握手をする。名前を聞いて彼の手が止まる。
「チコ……?ってことは……フジタカの召喚士?まさか!そこにいる若いの……」
若いの、と言ってセシリノさんの目がフジタカを見る。
「はい、俺がフジタカです」
もはや、トロノで名前を知らない者がいない狼獣人は自分だと認める。途端にセシリノさんの目が輝いた。
「ほぉー!おめぇが北の森でキケの娘を助けてくれたのか!いっぺん会いたかったぞ!」
「は、はは……どーも……」
バシバシと背中を叩かれ、フジタカは苦笑した。こうした少し手荒い歓迎ももう、ずっとされ続けて慣れてきたと思う。キケ、という人は知らないけどもしかしてイルダちゃんの親かな。
「そんで……お?」
「………」
セシリノさんがフジタカの少し後ろで待機していたレブを見付けた。
「………」
「あ、すみません。そっちにいるのはレブと言って……」
「……そちらのドラゴン、まさかお嬢ちゃんが召喚したのか」
油の足りない金属仕掛けの機械みたいな動きでセシリノさんの首が私を向いて見上げた。
「はい……。そうですけど……?」
「………はぁー……」
ゆっくりとセシリノさんはレブに視線を戻す。熱の籠った視線にレブは嫌そうに顔を逸らした。
「……なんだ」
「お、俺に言ってくれてるのか!?」
「えぇ、たぶん……」
レブの一言に急に私を見るセシリノさん。レブは渋い顔でこっちを見ている。二人の視線が痛い。
「ははぁ……。まさか、紫の鱗を持つドラゴンにお目にかかれるとは思わず……」
膝をついてセシリノさんは両手を組んでレブを崇めた。それを見てフジタカは首を傾げる。
「……何かしたのか、デブ?」
「知らん。だが、心当たりはある」
ティラドルさんの時は無かったのに?と思ったけど、私も一つあった。
「優秀な鍛冶師の様だな、お前は」
「滅相もございません……。ささ、むさ苦しい場所ではありますがお入りくださいませ」
最初の懐疑的な目はなんだったのか、今では目尻にいっぱいの皺を作ってセシリノさんは私達を通してくれた。勿論、最初に入ったのはレブ。
中に入ると広く、しかし少し暑かった。竈の炉に火が点いたままだったからだ。最低限木の机に椅子があるくらいで生活用品らしき物は一切無い。
一番目を引くのはやはり炉と、作業道具だろう。至る所に槌や金床、斧や金属製の輪が転がっている。鉄と油、他にも様々混じった匂いが充満しており少し噎せそうになった。
「……どういう事だよ、さっきのやり取り」
フジタカが私に耳打ちして聞いてくる。
「……もしかしてセシリノさんはドラゴンの鱗で何か作った事があったとか」
「そういう事だ」
答えたのがレブだったから私が首を振るとセシリノさんが笑った。
「あっはっは!そう、お嬢ちゃん……じゃない、ザナさんのご明察通りよ。俺は確かに竜の鱗で武具を鍛えた事がある」
「私を見て鍛冶したさに鱗を欲しがるような男なら新米だろうが、その髭男は違った」
「だから優秀って思った訳な」
うむ、と小さな大人二人が頷く。
「はぁー。片やとてつもない仕込み武器でビアヘロを消失させる狼男に、もう片方は紫の竜!今年のセルヴァは大豊作だったんだな」
セルヴァの名前を聞いて私とチコは顔を見合わせる。
「セルヴァをご存じなんですか?」
「おおよ。昔は木こりの真似事で行った事もあるからな」
自分の故郷を知っている人がいるのを見たのは初めてかもしれない。しかも私達が自分から言ったわけでもないのに。
「なんで俺達がセルヴァから来たって……」
「そりゃあ、俺だってインヴィタドだしな。最低限トロノ支所から今日来る連中の情報は貰ってるさ。セルヴァは果物が多いよな」
見学に来たのだから、当然と言えば当然。だけど気にされてる、とも言い換えられるわけでそこはありがたかった。




