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峠が近い。

 自分でも気付いたのかライさんは顔を掻いて私達から体を背けようとした。それをウーゴさんが間に入ってくれる。

 「ハハハ……。ライも喋りたくなくて黙ってたわけではないのですよ」

 場を和ませようと言うには少しぎこちない笑顔だった。両方の考えを知っていたから言葉を選んでくれているみたい。

 「あー……。ライだって、皆の疲れを気遣ってくれていたんだよな?だから下手に疲れない様にしてくれてたんだな?」

 「………」

 やや間を置いて話し出したウーゴさんの後にライさんを見ると、明らかにそうではないと苦い表情を浮かべていた。口で言っていた事を繰り返しているのだから嘘ではないのだろう。

 「なんとか目的地に無事到着したんだ、少しくらいは息抜きも必要ですよ。皆さんも気を張っていたでしょうし」

 「そう、ですね」

 フジタカもウーゴさんに合わせて頷くとライさんの横に立つ。

 「それでライさん。ライさんなら俺の気持ち、分かってくれますよね?」

 ライさんの腰を叩いてフジタカは笑った。

 「……あぁ!俺も高いところでは自然に吠えたいと思うよ」

 「やっぱり!いい絵になりそうっすね」

 フジタカの人懐こい笑顔はピリピリしていた神経も和らげてくれる気がする。レブにも見習ってほしい様な、だけどちょっと怖い様な……。

 「愛想を求めるのなら、犬ころに言え」

 「まだ何も言ってないでしょ」

 ちょっと考えながら見てただけで心の中も見透かすんだから。

 でも考えてみれば、いつの頃からかな。レブがブドウの事を考えていると分かるようになったり、私が言わずともこうして気持ちを汲み取ってくれたりする様になったのは。

 最初の頃は私もレブもちぐはぐだった。だけど今ではこんな些細な話もなんとなく伝わってくる。

 ライさんとフジタカの共通点と言えば大型の肉食獣が原型の獣人という点。とつとつと詰まりながらではあるが、久し振りにライさんの隣を人が話しながら歩いている姿を見れた。

 私達が最初に向かったのは召喚士育成機関のアスール支所。馬車が余裕ですれ違う事ができる程に広さを大きく確保した橋を渡った離れ小島にそれはあった。

 「ニクス様!お久し振りでございます!」

 「息災で何より。パストル所長」

 夜分に尋ねて案内してくれた男性の腕には黒い革腕輪が巻かれていた。初めて見る物ではなかったので私はそこでようやくアスール支所に着いたのだと実感する。

 通された部屋で私達を待っていたのは、うっすらと割れた腹をはだけたさせた前開きシャツを着た髭面の男性。ブラス所長よりももっさりと豊かに蓄えた坊主頭の男性はニクス様にパストルと呼ばれ、しっかりと握手をした。

 パストル・アレン所長と言って、元はアスールで漁業を営んでいた。海で出くわすビアヘロを相手に、必要に迫られて召喚術を学んだところ才能が開花して今に至るらしい。見た目からして力仕事をしていました、と主張する褐色の肌色と腕の太さは外からやってきた濃い私達を更に暑苦しく見せる。

 「カルディナもトーロも元気そうだな」

 「はい。所長もお変わりなく」

 「当たり前です」

 ここでもカルディナさんとトーロは既に相手と顔見知りだった。顔の広さはどうやっても今の私達では埋められない。

 「そんで君達は……。また随分と……」

 やっと私やチコの方を見たパストル所長はその後ろのインヴィタド達も見て言葉を失う。

 「事情は知ってたが、もっとなんとかならなかったのか?こう、一人だけ可愛らしい腰丈くらいのちんまい精霊とか連れてるのとか」

 腰丈くらい、だったら心当たりはあるし実際にトロノから出発する際に連れていた。その道中で変わってしまっただけの話。顔は見なかったけどレブが鼻を鳴らしたのは聞き逃していない。

 「ニクス様の身をお守りする為です」

 「はいはい。仕事熱心なんだから」

 カルディナさんの一言に目を伏せてパストル所長は髭をぼりぼりと掻いた。

 「……まぁ、今日は休んでくれ。話は明日でもいいだろ」

 「構いませんが……。どうかされたのですか?」

 話をするのもやっと、と言う程の疲労ではない。そりゃあ休ませてくれるなら休みたい気持ちもあるけど所長の方から話を聞こうともしないのはどうしたものか。カルディナさんもどの順番で話すか決めていたみたいだから拍子抜けしている。

 「ビアヘロにウチの若いのがやられたんだ。結構な怪我でよ……。今夜は看ていてやりたい」

 どんな怪我をしたかまでは語らずとも、声の調子が歓迎時とは段違いに低い。あまり芳しくないのはすぐに伝わってきた。

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