心の壁に風を通り抜けさせて。
息の詰まる空気感は緊張感とはまた異なる。ライさんの作った壁に私達はまだ触れる事も許されていない。
事ある毎に誤解してしまうが、個人の思惑は二の次。私達は契約者を守らないといけない。
だからレブの事も一度だけ、頭の外に置く。本当は夜のうちに問い詰めたかったけど、レブの横顔は前しか向いていない。
「アスールって……また船には乗りませんよね?」
次の目的地は西ボルンタの港町、アスール。街道の視界は広く開けているが海は見えてない。磯の香りも漂っては来ない。無論、ファーリャを出てまだ時間が経っていないからだが。
「今回は、ね」
こちらの質問にカルディナさんは前を歩くウーゴさん達の背中を見ながら答えてくれた。昨日もそうだけど、少し二人の真意が見えて考え事をしているらしい。
思えば、今となっては契約者の護衛に集中しているのは今も前もカルディナさんとトーロだけだった、かも。人員を増やしたのにその誰もがフエンテの事ばかりに気を取られている。その中でもあの二人は頭に留めるだけでなく、行動にも出てしまっているから余計に心配なんだろうな。
「聞いて安心した?」
「まぁ……」
それでも話す時には表情を変えてくれる辺り、切り替えを弁えた大人の女性だなと思う。それに比べると私も、他の人達もまだまだだ。
「今度は何日くらいになるんですかね」
「そうね、三日もあれば……」
「この調子なら四日の夜だ」
小気味良く答えようとしてくれたカルディナさんにトーロが背負った荷物を担ぎ直しながら答えた。聞いてカルディナさんは苦笑する。
「……だってさ」
「あはは……」
相変わらず時間の見積もりは苦手なんだ。トーロの方が正しいとカルディナさんは笑って肯定している。
「カルディナにあまり時間の話をしない方が良い」
「トーロぉ……」
カルディナさんは突き放すトーロの腕に手を添える。その姿はどこか親子や兄妹の様にも見えた。
「だいたいお前はいつもそうだ。仕事はこなすが時間を度外視している」
「遅れないようにはしているでしょう?」
トーロの顔がカルディナさんの方を向いた。
「調整しているのは、俺だ」
「うっ……」
強調する様に区切った言葉にカルディナさんも口を曲げて一歩引いた。
「早め早めに行動する様になったと思えば、今度はその分手を加える時間も増大した」
「クオリティアップで延期ってのは分かるけど〆切が第一だよな」
フジタカもまた何か言いながらぼんやりと会話に入る。カルディナさんの矛先が彼に向いたのは言うまでもない。
「報告したい事が山ほどあるんだもの……仕方ないじゃない」
「なんかそういうの、報告って簡潔に書けって言われません?」
「えっ……」
図星だったみたいでカルディナさんは目を丸くしてフジタカを見た。
「やっぱり。あの所長、絶対読むのめんどくさがってるもん」
「あー……」
トーロも空を見上げながら思い当たるみたいでうんうん頷いた。
「それでも私は……」
「書きたいというより、話せば良いんじゃないですか?ソニア姉さんみたいに研究成果の発表とかならまだしも」
「あ、所長はカルディナさんと話すの楽しそうだし良いかも」
形式としてチコに報告書をあげさせたりしたけど、その方が聞いてくれる気がする。私が契約者に同行したいと話した時は話題のせいで煙たがられたがカルディナさんなら歓迎しそう。
「私が楽しいかは気にしてくれないの?」
しかし思ってもいなかった返しにこちらが首を傾げてしまう。
「嫌なんですか……?」
まさかカルディナさんの方がブラス所長への報告を嫌がるなんて思ってなかった。急に顔を強張らせてからカルディナさんは手を慌てて振って苦笑する。
「な、なんてね。そうね……その方が所長は聞いてくれるかも」
話したくないから報告書を〆切も忘れて立派に仕上げている?もう少し掘り下げたかったがトーロが私の隣に移動してきた。
「余計な話をされるに決まってるだろ?」
「あぁ、それなら……」
うん、忙しくない時とか少し仕事を休憩したい時ならあの所長はきっと変な話を振ってくる。この前契約の儀式で行った村で食べて美味しかった物は何だったかとか。
「だから俺がしっかりしないといけないんだ。アイツの頑張りはいつも見ているが……頑張り過ぎるからな」
「大変だね……」
そうだよね、勝手な事ばかり考えている私達に心労を抱えるとすれば守られている張本人と、守る側として取りまとめてくれている人だもの。
そこに、前を向いていたレブの目線もこちらへ向いたと気が付いた。




