置き土産。
「生かして帰……!」
ライさんが岩を蹴倒して剣を引き抜く。その瞬間、辺りが青白い光に包まれた。レブの仕業ではない。
「召喚陣……でも!」
光り方は召喚陣でインヴィタドを呼び出す時と同じだった。しかし反応が強過ぎる。眩しさだけでなく、吹き出した風は嗅いだ事のない匂いを乗せていた。光が止んでも風は吹き続けている。目の前に現れたそれは間違いなく、私達へ敵意を向けていた。
「なによ、あれ……!」
カルディナさんが数歩、後ろに下がる。その肩をニクス様が支えた。その姿を見れば護衛対象に支えられたとしても無理はない。
ロルダンは既にライさんの一撃を躱して着地した場所から移動していた。その行き先が問題だったが、事態はそれだけでは済まされない。
「フシュル………」
目の前で舌を出し入れして目を光らせている相手。全身を青い鱗に覆われ、右手には鋼鉄の盾を。そして左手には剣を持ったトカゲの戦士然とした姿をした人型が三体。武装する知恵を持ちながらも会話する理性を持ち合わせていない彼らを、私達はマスラガルトと呼んでいた。
「これでしたら、お気に召しますかな」
ロルダンの声が夜闇に響く。顔を空へと上げれば、そこから彼が私達を見下ろしている。
彼を支えるのは腕の無い飛竜、ワイバーンだった。初めて見たが強靭に発達した足の鉤爪は剣よりも鋭い。胴から生えた大きな翼で羽ばたき、私達へ空中から砂埃の舞う風を送り続けている。しかももう一体もぐるぐる旋回しながら飛んでいた。
「一人で、これを……」
マスラガルト三体とワイバーン二体。辺りに待ち伏せさせていれば、レブが何か言うと思うし私も気付かなかった。となればあの召喚陣の発動光だ。これだけのインヴィタドを瞬時に用意したのだ、あの老人が。
「生温いな」
「ではもっと追加しましょう」
レブの返事にロルダンはワイバーンの背に立ったままで巾着を取り出し、バラバラと何かを地面に撒く。今度こそ、それは飴玉ではない。地面へ勝手に埋まり、地中から這い出てきた五体の戦士は見覚えがある。
「スパルトイ!やっぱ持ってたな……」
チコも剣を抜く。今度はもう、動いてはいけないなんて誰も言わない。しかしまだ、マスラガルトもスパルトイも私達へ向かっては来ない。
「最終勧告です。儂らフエンテへ下れ。そうすればそこの契約者と召喚士達は見逃そう」
それを言う為にまだ動かなかったんだ。だったら、次は私の番。そうだよね、レブ。
「得体の知れない貴方達の仲間になんてなりません!契約者の前に立ちはだかるなら、私は貴方達をレブと一緒に倒します!」
契約者が半端者の召喚士を増やして、この世界に本当に認められた召喚士の判別がつきにくい。契約者に頼らず召喚術を使うのが正しい様にベルトランは言っていた。ロルダンも、カドモスという竜も、フジタカのお父さんもそこまで極端な考えは持っていないのかもしれない。
だけど今日この人と話して分かった。この人は自分以外に責任を持たない。組織も仲間も関係無いんだ。最低限言い渡された命令を聞いても、自分の損得勘定しか見ていない。
私を見下ろすロルダンからは感情らしき物が顔に浮かんでいない。ただ冷淡にワイバーンの背中の上に立っているだけ。
「私の召喚士が言ってみせたのだ、こちらも力を示す必要があるな」
レブが前に進み出て首を鳴らす。
「……飛んで!」
私の宣言で全ての火蓋を切る事になった。マスラガルト、スパルトイも共に私達へ殺到する。
「フジタカ!ニクス様とカルディナを安全圏まで!」
「分かった!」
レブが翼を広げて飛び上がったと同時にトーロが叫ぶ。フジタカは真っ直ぐに自分へ向かってきたスパルトイを一体、ニエブライリスで押さえていたが足を切って動きを止めた。陽が暮れてから使えないナイフを取り出す様子は無い。
「頭を潰すのが、定石だったな」
レブはすぐにロルダンを乗せたワイバーンの高さまで急上昇していた。両手を絡ませて作った拳を飛竜の頭蓋へ叩き付ける。
「ギエェェェ!」
ライさんの剣がマスラガルトの持つ武器とぶつかり合っている金属音が響く中でも、レブがワイバーンの骨を砕く音が聞こえた。首から力の抜けたワイバーンは落下していく。
「ふんっ!」
体勢を崩したにも関わらず、ロルダンは乗っていたワイバーンの背から跳んでもう一頭に乗り移った。レブもすぐにその姿を追う。
「ごきげんよう」
レブの拳が今度はロルダン本人に伸びる。しかしその拳を無視して彼は……私を見てそんな事を言った。
「………ちっ!」
直後にロルダンの姿が消える。上空で分からなかったがレブの拳は空振りし、ワイバーンも身を低くして躱す。その背にはもう、老人なんていなかった。




