指摘される間違い。
「そちらのお二人はこの中身をどう思われるでしょうね」
私とチコを見て老人は皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにして笑顔を見せる。双子よりも愛想を感じさせたが、この場面でその穏やかな笑みは逆にでき過ぎていた。中身の予想は簡単だ、試験で使われたスパルトイを生み出す竜の牙だろう。
「貴方はそれを出しませんよ」
人がまだ集まる中、私は声を張る。細めていた目を開けてロルダンは私を見詰めた。
「どうして、言い切れるのですかな?」
「貴方がその中身を放る前に、今のレブなら腕を切り落とせます」
人々は遠巻きに眺めているだけ。ならば会話は聞かれていないと思う。ロルダンは動きを止めたがすぐに笑い出した。
「ほっほっほ……。いやいや、肝の据わったお嬢さんだ。でも、一つ間違っている」
ひとしきり笑い終わったロルダンは袋を開けた。周りから見れば何をしているかも分からないだろうが、私達は一気に身構える。
「腕を切り落とされても、思い留まるとは限らない」
「止まりなさ……っ!……い?」
取り出した球体を、ロルダンはそのまま口に放った。口をすぼめてから、右側の頬を微かに膨らませて見せる。
「ただの飴玉です。美味しいのですよ、これが」
袋を閉めて老人は暢気に口の中で飴玉を転がしている。その姿に戦意を失ったのはフジタカだけではない。レブですらも張っていた肩を落として腕を組んでしまった。
「いや、間違いは二つでしょうか。もう一つの間違い、それは私が取り出した袋の中身をスパルトイだと思った事です」
「…………」
私とチコは完全にそう思い込んでいた。あの老人は、私達が召喚士の試験を受けたから名指ししたのではない。
子どもだと、思われていた。飴玉が好きな子どもの一人だと見くびられているんだ。
「そんな物欲しそうな目で見られても、儂も楽しみが甘味を嗜むぐらいしかないのです。ご容赦ください」
「用件を言え。お前の雑談に興じてやる程、俺の気は長くない」
ライさんが剣の柄をギリギリと鳴らして握っている。その姿にロルダンは鼻を長く鳴らす。
「下手に出て、お話を伺おうと思っていたですが……。どうやらお気に召さなかったか」
私達の中でなら、レブが一番に話をしたいだろうに飴を舐める老人をただ睨んでいるだけ。
「事を荒立てる気はありません。ですが、場所を変えましょう。人に聞かれたくないのはお互いさまですから」
「………」
ロルダンからの呼び掛けに応じる者はいなかった。だけど、反抗する者もまた、一人もいなかった為私達は村はずれまで誘導されてしまう。
「結界の範囲を過ぎたな」
「え?まだ家もあるのに……」
レブが小声で呟いたのが聞こえて近くを見渡した。点々としているが家は建っている。この近辺までしか結界が作動していないなら、ビアヘロだって……。
「どこまで行けば気が済む」
堪えかねたのか、ライさんが背を向け隙だらけの老人に向かって声を掛けた。
「この辺りなら、聞いている者はいますまい。良いでしょう」
一人で納得すると道の脇から突き出た岩にロルダンは腰を下ろす。
「自分だけ座って失礼。足腰が弱いもので」
一見すればただの老人だ。その気になれば私の魔法でも……ううん、腕力でも追い返せるかもしれない。それぐらい、目の前にいるロルダンは無防備だった。演技でやっているとしたら今の私はきっと騙されている。
「言っておくが、勧誘に来たのなら無駄だ」
「お父上、ロボが聞いたら嘆くでしょうね」
フジタカが話の前提を伝えるとロルダンは再び飴玉を取り出して口の中に入れた。カラコロと飴が歯とぶつかる音が静かな夜道にしばらく響く。
「今日、儂がここまで足を運んだのはそれも一つ。しかし、もう一つはちょっとした報告になります。ベルナルドの、ね」
ロルダンの目がレブを向く。レブも黙ってその視線をしっかりと受け止めていた。
「あの様子ではしばらく立ち直れないでしょう。癒しの妖精の力でも意識を取り戻すのがやっと。目を覚ましても吐くばかりで会話もままならない」
「そう仕向けたのは私だからな」
ふ、とレブが笑うとロルダンも似た笑みを浮かべた。
「まさかの反撃ではありましたが、持て余していたベルナルドに良いお灸を据えてくださった事には感謝したいぐらいです。どう見てもアレの自業自得だ。力が増すと知っていながら迂闊にあんな真似は普通できない」
味方なのにあまり心配をしている様子は見えない。感想も加わっているが淡々として、本当に見たままを伝える報告だった。




