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こなれた狼、子慣れずに

 子どもを相手にさせるならレブよりずっと適役だと思ってフジタカに話を振ったけど反応は芳しくない。一緒になって遊ぶ、良いお兄ちゃんって感じなんだけど意外にそうでもないのかな。

 「ほら、俺達って笑ってるのか怒ってるのか、見分けがつきにくいんだよ」

 「ふーん……?」

 俺達、と言ってフジタカが自分とトーロを指差す。獣人の事を言っているみたいだけど私はこんなものかな、としか思っていなかった。フジタカに限って言えばかなり喜怒哀楽の表現は多様だ。笑い、機嫌が良いと尻尾も振り、怒れば唸りながら鼻に皺を寄せて牙を見せる。

 ニクス様やレブを見慣れ過ぎたかな……。今ならあの二人の表情だってなんとなく読めるし。

 「ニコッと笑ったつもりが怒ってるって言うんだぞ、ほら」

 「それはわざとじゃん」

 作ったフジタカの表情は露骨に牙を見せて顔中をくしゃくしゃにしている。彼の人となりを知っていれば何をふざけているんだ、で済むけど初めて見た人からすれば怒っている様にも見えた。

 「子どもって知らないじゃん、人間だからとか大人だからとかじゃなくって」

 「そういうのは、触れる事でしか分からない」

 「ひっ……!どこ触ってんだよ!」

 あぁ、広場の方を見ててトーロが近付いてきたのにも気付かなかった。今のフジタカは……うん、毛が逆立ってるしびっくりしたのかな。

 「トーロも怖がられる人種でしょ」

 「決め付けるな……と言いたいが、事実だな」

 どう見てもその体躯を誇示する格好で子どもの心は掴めない。予想通りにトーロは渋い顔をして肯定した。

 「誰だって、どの顔をしている時に何を考えているか読み取る力を経験して覚えるんだ。早い内から俺達みたいなのに慣れておけば、随分暮らしやすくなるぞ」

 「こっちの当たり前と人間の当たり前って違うんだよな」

 トーロの意見にフジタカも同意して頷いている。そうしている間にも一組の親子が小屋から出てきた。

 母親の方から滲み出る穏やかな雰囲気から察するに、どうやら抱える赤ちゃんは才能があったみたいだ。子は魔力線を契約者に開通してもらい、あとは召喚士を夢見て親に鍛錬させられる。押し付けられるのが幸せとは限らないけど、どうかその力を無駄にはしないでほしい。

 今は親の表情を見ただけで結果が読めてしまった。しかし、それが別の人種だったらどうだろうか。きっと同じ挙動で犬の獣人が私達の前を通り過ぎたら気付けない。

 私とレブの差ってなんだろう。一見すれば、同じ部分を探す方が難しい様にも思えるけど、そんな事を感じさせないぐらいに私達はもうずっと一緒にいた。

 「でも俺言われた事あるなー。人間の表情は分かるのに、美しいか美しくないか判別できないって。ちょっと話が脱線しちゃうけどさ」

 「カルディナにも言われたな……」

 ……獣人には獣人で苦労している点はあるんだ。人間だけじゃないみたい。

 「……その点、あの人はいいよなー」

 フジタカの目線が前へ向けられる。私やチコ、そしてトーロもその目線を追って振り返る。

 「すっごーい!おっきい体!」

 「もさもさだぁ!」

 「こらこら、引っ張られると痛いぞ」

 昼食を終えたらしいライさんがウーゴさんと一緒に村の子ども達を連れて戻ってくる。その姿はなんというか……完璧だった。

 牙は出ていたが、誰から見ても明らかな優しい笑顔。屈強な肉体を包む毛皮に装備品は威圧感を与えたが、それを声色と態度と天気が上書きしている。

 見る者へ父性、という言葉を連想させる様なライさんの振る舞いはその場の空気も変えてしまう。ルナおばさんはライさんを怖がっていたけど、あの時とは雰囲気自体が違っていた。

 「はっは……あ」

 「お疲れ様です。早かった、ですね」

 「あぁ……」

 笑っていたライさんが、私達と目が合った途端にその笑顔を曇らせてしまった。こっちも笑顔で話し掛けたつもりだったけど、少しずつライさんから表情が消えていく。

 「あれ?おじさん、もう遊んでくれないの?」

 「お兄さん、だ。お仕事がまだ途中だからな」

 「つまんなーい」

 兄妹なのか、小さな男の子と女の子がライさんの周りをぐるぐると回り出す。それを見て、ほんの少しライさんは先程までとは違う笑みを浮かべた。

 「すまない。だから向こうで遊んでいよう。その方が友達もいて楽しいぞ?」

 ライさんの指差した先では別の子達が数人で縄跳びをしていた。親らしき大人の姿もある。

 「あ!エルみっけ!」

 少し背の高い、お兄ちゃんの方はライさんの誘導で友達を見付けたのか、先に行ってしまった。妹らしき女の子も、とことこと追って歩き出す。

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