羽を休めて。
野営地も過ぎて三日経ち、私達が最初に訪れた西ボルンタの村はファーリャだった。アスールやファーロと言った沿岸の港町へ街道が続いており、海を目指す人達は大抵が補給地として利用しているらしい。
そのため地元民と言うよりは私達の様に荷物を持った人々が多い印象を受けた。手ぶらで散歩している風体の人はあまりうろついていない。
「賑やかなところだね」
小さな村、と聞いていたが人が少ないとか活気の有無はまた別の話だ。薬屋も魚屋も繁盛しているらしく、ひっきりなしに人が出入りしている。
「そんな事よりも早く休もうぜ……。さっさと風呂に入りたい」
「だな、ケモノ臭いなんて言われちまう……」
チコの意見にフジタカも賛成して鼻をひくつかせる。川とかも途中に無かったしね。ファーリャからもっと北西に行けばあるんだけど、今回の遠征ではそこまでは行けないかな。
「宿はこっちだ。汗を流すくらいならすぐにできると思うぞ」
トーロが前に立って案内してくれる。日の出と共に歩き出したので今はまだ昼になるかならないか。私達は何に置いても先に宿を確保したかった。
道すがら、聞こえてくる話を統合すると最近この辺でもビアヘロは現れているらしい。と言っても、この村は交易が盛んに行われている分だけ召喚士の出入りも多いから大概がすぐに駆除されるそうだ。でも、それで儲けるにはあまりに数が少ないし規模も小さい。だからこの村でも召喚士の姿は新鮮に映るらしかった。
「あれぇ!契約者様じゃねぇか!」
トーロが案内してくれた宿に入ると、受付で何かを記帳していた中年の男性が眼鏡の位置を直してニクス様を見る。カルディナさんが言うにはこの村に来たのは二年以上前みたいだけど、相手は覚えていたみたい。
「この宿に泊まりたいんだが」
「やぁやぁやぁ!契約者様がうちみたいな宿をご贔屓にしてくれてんだ、しかも今回は大所帯で!歓迎致しますよぉ!」
大袈裟だな、と思うけど契約者御用達の宿なんて宿の従業員からすれば少しは宣伝文句になるのかな。でもそこでふと、疑問も浮かぶ。
「この宿……昔からあったわけじゃないんですか?」
「数年前に店主が死んでまったく別の者が宿を買い取り、装いと名前だけ変えて引き継いだんだ。だからニクス様を知らない」
部屋の空きを確認している店主らしきおじさんに聞こえない様、小声でトーロが教えてくれた。そうだよね、ニクス様が契約者として活動している期間を考えれば知らない人なんてそうそういないだろうし。昔から行きつけだったのかな。
「えーと……御一行様は九人でよろしかったですかな?」
店主がこちらを見回す。召喚士四人とインヴィタド四人に契約者。うん、全員いる。
「二人部屋しか空いておりませんで……。五部屋でよろしかったですかね?」
こういった時はままにある。だったら……。
「ならレブ……あ」
「………」
アラクランに行った時は度々宿に空きがないと言われる事もあった。そんな日はレブに我慢してもらって一人分を削る。今日であれば、二人部屋五部屋のところを四部屋で済ませてレブには同じ部屋で寝てもらうとか。
私は自然に、後ろを振り返って足元にいるであろうレブの姿を探した。しかし振り返れば、逞しい太腿を包むズボンが目に入るだけ。途中で気付いて視線をゆっくり上へと向ければ、レブが腕を組んでこちらを見下ろしている。
「貴様はこの数日、ずっと私の横にいて何を見ていた」
「ごめん……いつもの習慣で……」
宿屋で経費を節約するなんて真似を習慣にするのもどうかと思うけど、実際レブの言う通りだ。三日経ってやっと見慣れた彼を、少し村に入っただけで姿が変わったという現実を忘れてしまうなんて。
「デカくならない方が良かったんじゃないのか……」
「何を言うか。小さくて得した事がどれだけある」
フジタカが呆れ顔でレブを見ている。負けじと胸を張る姿はそのままなんだよなぁ。
「まず、小学生料金で済ませられたろ?」
「あ!ルナおばさんがブドウをオマケしてくれたりしたじゃん!」
お金の話と言えば、レブのお金の使い道は大半がブドウだ。そんなレブと接する機会が多かったルナおばさんは彼にとっては大きな存在だと思う。……今のレブを見たらルナおばさん、どうなるかな……。どうしたのレブちゃん!とか叫びながら腰を抜かしそう。
「………」
しかも本人は深刻そうに黙っている。普通に堪えているみたいだ。
「この体では、一房のブドウでは満たされない……」
「心配するところ、そこ?」




