耐えられぬ局限。
フジタカのナイフと同じ現象が起きるのを見るのは二度目。もしかしてだけど……。
「今の、あの人がやったの……?」
「たぶんな」
レブに抱えられたままで尋ねると、フジタカはこちらを見ないで中継地へと引き返す。彼を最初に追い掛けたのはチコだった。
「……治療しよう」
「クソっ!」
ニクス様が羽を抜き取り、カルディナさんが包帯を取り出してライさんの手に巻いてやる。巻かれながらもライさんは顔を歪めて今にもどこかへ行ってしまいそうだった。
「奴らの気配は消えた。……少なくとも、見張りは私がやれば事足りる」
「……すみません」
レブも引き返す中ですれ違いざまにウーゴさんが一言謝った。それが何を指しているかは一言だけでは分からない。ウーゴさんも急いでライさんの手当てに向かってしまう。
「あの、レブ」
「どうした」
もうすぐ入口というところだが、私はレブに声を掛ける。すぐに目線がこちらを向いたので私は身を捻った。
「薪、持ってくるの忘れてるよ。私なら歩けるから」
「……そうか」
まだ何か言いたげだったが、レブはゆっくりと私を下ろしてくれた。立ち上がるとやっぱり力を入れにくい。なんだかどこかふわふわして、このまま跳べば高く舞い上がりそう。
そこでやっとレブの全身を改めて見る事ができた。もう、彼を見下ろす日はきっと来ない。首を上に向けて映るその凛々しい姿に時が止まる。
長く伸びた尾はくねらせながらも地に触れずしっかりと浮かせ、その部分だけでも他の生物の存在を思わせる程の存在感を放つ。翼にしてもそうだ、巨鳥がその逞しい背中に降り立ったかの様な力強さと大きさを誇っている。畳んだ状態でも迫力があるのだから、翼を広げた彼ならきっとどこへでも行けるのだろう。
どこへでも行ける翼、何でも捻じ伏せる頑強な手足、鋭利な牙と爪を持つ紫の竜はこの場に立ち止まり、私を見下ろしている。その体でどこかへ去ろうなどとは微塵も思っていなさそうに、ただ私の顔を見ているのだ。
「私の姿に心でも奪われたか」
「……うん」
見下ろされていると言うよりも私が見上げているんだ、レブを。彼の冗談にも真顔で頷いてしまう。
「………」
レブが顔を上げて口を曲げる。ああ、この顔を私は知っている。大きくなっても変わらない。
「……それを言うなら魔力、と言うべきところなのだが」
「通じてたよ。付き合ってあげなかっただけ」
「意地が悪いな」
用意されていた薪をレブに渡しながら私は自分の変化に気付く。確かに、ベルナルドに何かされたらしい。魔力の通りが一気に穏やかな渓流から滝へ変わるぐらいに巡りの速度が変わっていた。
普通、こんなに魔力が体内を駆け巡ったら立ってはいられない。長時間走ったあとは急に止まるのではなく、体を落ち着ける為に少し歩いた方が血流に良いのと同じ。だけど自分はそれを体感しながらも平気で動けている。体がそのうち馴染むからと教えてくれている。
……それがたぶんあのロルダンが言っていた繋がり、らしい。かつて竜の血を飲んで生き延びた私は、召喚士とインヴィタド以上に深い部分でレブと繋がってしまった。
「もっと自力で、レブを元に戻してあげたかった」
レブに荷物持ちを任せてしまい、引き返しながら私は呟いた。すると前を歩いていたレブが足を止めて振り返る。
「この姿になったのは他の誰でもなく貴様の力だ。他の連中が幾ら魔力を貢ごうと私の姿は変えられない」
言ってくれている事の意味は分かるけど、私が言いたいのはそうじゃない。ベルナルドに魔力解放なんてよく分からない事を無理矢理されたりしたくなかったんだ。
「……遅いか早いかの違いだ。自覚があればそれで良かろう」
「……うん」
私はレブと繋がっている。自分で制御できずに魔力を送っていたからレブはその時々で姿を変えていた。少しずつ背を伸ばしたり、翼で飛べる様になったり。
だけど今の私では魔力を人にこじ開けてもらっても、レブを元の世界で誰もが恐れる紫竜人の姿に戻してやることはできない。ベルナルドに解放させられたことで、魔力を自分で制御できる様に体質が変わったかもしれないけど今は分からない。少なくとも私よりも一回り背丈が大きいぐらいなら、今の全魔力をレブにあげてもきっと真のアラサーテ・レブ・マフシュゴイに戻すまでには至らない。
自分の限界はここまで、と見せられた気がした。背伸びして届くくらいの制限をあっさりと公開されて先の展開が決まっていく。決められた道の果てを越えたい、と自然に願ってしまう。




