狼の旅人。
「ライ……さんっ!そんなんで戦えないだろ!」
「離せぇ!」
ふらふらのライさんをフジタカが全体重をかけて止める。しかしライさんはまだ暴れていた。
「勝手に突っ込んで、それじゃチコと同じだ!でも、うじうじしてたら今度は俺と同じだ!そんなライさん見たくないよ!」
フジタカも力任せにライさんを止める。上に乗ってしまえば大の男を簡単には退かせない。
「ならどうする!俺は!俺はどうすればいいんだ!君がウーゴから俺の召喚陣を守ってくれたんじゃないか!」
「……それは………」
ライさんの目には涙が浮かんでいた。感情が昂り、痛みを耐えて滲むその涙にフジタカも次の言葉が出てこない。
「ふっ……ふふ、ふ……」
そこに聞こえてきた場違いな笑い声にレブと私は目線を正面に戻す。ベルナルドはまだ立てないままでいた。迂闊に彼のインヴィタドもこちらへ戻って来ない。今度はトーロ達が動かさないでいてくれているんだ。
「何だっていいさ……。君はもう、こっち側に来るべきだ。でなければ後に後悔するよ」
「脅すにはあまりにみっともないな」
私だって立っていたいけどまだ足が動きそうにない。レブに下ろされたら多分立てないだろう。
「ひひ、善意で言っているんじゃないか……。それうぉっ!?」
「レブ!」
突然レブがベルナルドの頭を掴んで持ち上げる。
「言った筈だ。次は当てるぞ、と」
「待……!」
「へひぃ!」
私が止める間も無くベルナルドの手足が大きく妙な方向に跳ねた。ぷらん、と力無く垂れ下がった手足に私は悲鳴を上げそうになったが声も出ない。
「案ずる事は無い。痺れさせて意識を飛ばしただけだ。……しばらくは地獄の苦しみを味わうだろうがな」
レブは私を抱えたままでベルナルドを彼のインヴィタドの方へ頭から放り投げた。虫の様な顔に表情は無いがしっかりと両腕で抱えると、人狼と共に老人の元へと戻る。その間もライさんはフジタカに押さえられていた。
「まさかベルナルドが赤子同然に捻られるとはな……」
老人は甲殻虫人の腕の中で泡と涎を吹いて痙攣しているベルナルドを見て顔をしかめた。
「この私を見ても出し惜しみしたのが敗因だ。スパルトイをけしかけるぐらいはできただろうに」
「………」
突然出てきたスパルトイという単語にチコとフジタカも反応する。でも、あの試験監督とは明らかに見た目が違う。
「黙秘しても無駄だ。お前が召喚士試験の監督にスパルトイを譲渡したのは分かっている」
「……鼻が良い、で合っているのですかね」
ベルナルドから私達に老人が視線を戻す。戦意はなさそうだけど、だからこそ底が知れない。
「カドモス・テーベ・アーレウス。その名を持つ竜とお前の関係はなんだ」
「単純な話。彼は儂、ロルダン・コロンの客人です」
レブがギリ、と牙を鳴らした。手に力を込めないが明らかに様子が違う。
「自身の力ではあの竜を捻じ伏せられまい。その枯れ木の様な細腕で」
「如何にも。彼は儂の……儂らの良き理解者ですからな」
「妄言を吐くな!」
いきなりレブが聞いた事の無い程に声を荒げる。放たれる殺気にカルディナさんもニクス様も近寄る事ができないでいた。
「儂らに協力を願えない以上、これ以上の質問には答えかねます。……ロボ」
ロルダンと名乗った老人が獣人の名を呼ぶ。彼は腰に提げた剣を抜いた。
「……っ!親父ぃぃぃ!」
「おいフジタカ!」
ライさんを突き飛ばす様にフジタカが飛び出した。チコも呼び止めるがライさんの方は大人しくしてくれていた。
「彼は……」
「この位置では、他の者達も巻き込まれる」
初めて狼が口を開いた。落ち着いた、と言うよりはどこか沈んで生気が抜けていくような低い声。ロボと呼ばれた彼は、この場に居るもう一人の狼獣人だけを見ている。
「藤貴、お前は俺と共に来い」
「ふざけんな!いきなり出て来て何言ってやがる!」
あろうことか、フジタカはニエブライリスとアルコイリスを同時に取り出した。ロボの方もナイフを見て目を細める。
「ならばそのナイフだけでも……!」
「そこまでにしろ」
ロボの肩にロルダンが手を乗せる。数秒睨み合って、先に目線を外したのはロボの方だった。
「ベルナルドめ、余計な真似を……」
「行くぞ」
「待てよ!」
意識を失ったベルナルドを見るロルダンは完全にこちらへ背を向けた。そしてロボが剣を横に振ると、フジタカの制止は正面の空を通り抜ける。何故ならヴン、と音を立てて私達と対峙していた四人がいきなり姿を消したからだ。




