勤労の銀狼。
レブが口を開くと暗がりからその影が浮かび上がる。その形には見覚えがある……というか、気付かない訳も無い。
「仕方ないだろ。これでも俺だって色々やってたんだからさ」
現れたフジタカの手にはリンゴが二つ。その片方をナイフで半分に切ると私に手渡してくれる。
「お疲れさん、ザナ」
「ありがとう」
受け取って私はそのまま口に運ぶ。フジタカはもう半分をレブに差し出したが彼は腕を組んだまま動かない。
「食ってみないか?リンゴだって美味いんだぞ」
「……栄養を求めているのは私ではない」
そんな事言っても食べないのは単にブドウじゃないからでしょ。でもリンゴの甘さが疲れた私の体に沁みてくる。魔力の詰まった果実なんて言われているくらいだし魔法を使った後はリンゴが良いのかな。
「でもフジタカ、本当にこんな時間に何をしてたの?」
まさか私達にリンゴの差し入れをするためだけに外出してきたとは思えない。それに、会うのも実は部屋が分かれてから数えるくらいだ。会ってもすれ違うくらいで話もしてない。
「バイトだよ」
「ばいと?」
短いけど意味が分からず首を傾げるとフジタカはあー、と口を開けて暗い空を仰ぐ。
「えーっと……アルバイトって言ってもダメだよな。非正規雇用……うーん……」
よくわからないけど……。
「とりあえずさ、ダリおっさんのとこで郵便配達の手伝い始めた!これでどーよ!」
「ダリオさんって……フジタカが?」
聞き返すとフジタカは頷いた。
「まぁほら……チコと色々あったろ?それなのに俺がトロノ支所に居るのもちょっと忍びないじゃん。だから金を少しでも稼がなきゃいけないって思って」
この表現は酷いけどフジタカはビアヘロであって、召喚士ばかりの施設とは接点が薄い。それでもトロノ支所で暮らすのだから、って考えかな。
「一人で?」
「始めたばっかだからまだ事務のおばさんと一緒に配達物の仕分けをしてるんだ。それなら文字の読み書きの練習にもなるし」
地区の名前も読めたり書けたりしないんだもんね。実用性も兼ねてて良い、とは思う。だけど……。
「私が言ったのはそうじゃなくて……」
「狙われている身でありながら一人で行動して問題無いのか、という事だ」
レブが気付いて代わりに話すとフジタカはリンゴを口に詰めて頬を掻いた。
「まぁ……ザナやデブの言いたい事は分かるんだよ。だけど、何もせずにもいられない。だからやってるんだ。その辺は誤魔化しながら伝えてるぞ?何があるか分からないからってニエブライリスを職場に持ってったりもしてるし」
不用心の無抵抗、考え無しにやっているわけではないんだ。今もしっかりニエブライリスはフジタカが背負っている。
「フエンテっては言ってないが何か来るかもしれない。そして、契約者に同行して遠征するかもしれないからずっとはいられないかも。それでも雇って色々教えてくれてるからさ。もうちょっと頑張りたいんだよ」
なんだか、楽しそうに見えてきた。そんなフジタカから無理に仕事を取り上げる事はできないな。
「所長には許可取ったの?」
残りのリンゴを呑み込みフジタカは目を逸らした。
「う……。実はそれはまだ……」
もしやと思って聞いてみたけどやっぱり。フジタカとティラドルさんも、ライさんやトーロでさえも所長とは話したがらないし。
「悪い事してるわけじゃないんだし、後ろめたく思わずに話してみたら……?無許可でやって後から言われる方が面倒だよ」
「うーん……」
私が言わなくても分かってたんだろうなぁ。
「セシリノのおっさんは元から技術目当てで呼ばれたんだろうし、リッチさんはミゲルさんがいっぱしの召喚士だから何も言われないだろ?しかも一緒にいるから。俺は……どうなんだろうな」
チコの助っ人という立場を取ってもビアヘロではある、か。他の人と比較できない部分が妙に多いんだよね、フジタカは。
「最初の給料出るまで考えさせてくれないかな……?あ、ちなみに今日のリンゴはダリおっさんからもらったんだ」
もう一つのリンゴはフジタカが手に持ったまま。……持ち帰るのかな。
「……仕方ないね。リンゴに免じて今日は聞かなかった事にする。だけど」
「見逃してもらったんだ、しっかり労働するよ。まずは事務所でこそこそな」
私は聞かなかったから庇ってもあげられない。だけど知ってしまったから機を見計らってかな。試験日程が分かれば、その時期までは働けるとも言い易いだろうし。
「人目はどこで光っているか分からぬぞ。特に犬ころはトロノにおいては知らぬ者はいないのだからな」




