君が守りたいのは相手か、それとも自分か。
「……いつ襲われるか、分かりませんからね」
急にライさんの声が低くなった気がした。そして、ルナおばさんもそこから一歩も彼に近付こうとしなかった。
「そんな、町の中よ?結界だってトロノの召喚士様が張ってくれてるし……」
「………」
ライさんは何も言わない。
「……ごめんなさいね。おばさん、余計なお世話だったわ……」
終いにはルナおばさんは下がって謝ってしまう。
「いえ。……用心に越した事はない、というだけです」
「……そう、よね」
静かに、ルナおばさんには目もくれずにライさんは歩き出した。おばさんがあんなに暗い顔になるのは見た事が無い。
「また来る。次は白ブドウを頼もう」
そこにレブが変わらずに話し掛ける。いつもと全く様子を変えないで。ルナおばさんが顔を上げずとも背が低いから自然に視界へ入る。
「レブちゃん……」
「だからそんな顔をするな。奴も思う所があるだけだ」
背を向け、レブも川の方へ向かうライさんを見た。ライさんがちょっとの外出へも鎧を着る理由。……そんなの、一つしかない。
「ベルナルド……」
フジタカも気付いたみたい。ナイフは持ってきているみたいだけど、やっぱりニエブライリスまでは携帯していなかった。
ベルナルドが現れる気配は無い。だけど風が吹く度に私は気持ちがざわついた。
川に着いて私達は荷物と腰を下ろす。しばらく会話は無いまま皆が果物をかじっていた。
「ウーゴさん、ご馳走様です」
「いやいや、この程度でしか振る舞えなくて申し訳ないですよ」
おやつ代わりのリンゴを食べ終えてからフジタカがウーゴさんに礼を言う。レブは無心でブドウを味わっていた。私も何粒か分けてもらっている。
「………」
シャクシャクと音を立てながらライさんはゆっくりとリンゴをかじっていた。その大口なら丸呑みも難しくはないのに。それに対しては誰も何も言わない。
「この後はどこに?」
「あとはブルゴス工房です。フジタカのナイフとか、トーロの斧の手入れをしてもらっている鍛冶屋です」
案内する場所も残すはポルさんとセシリノさんの所のみ。……ライさん、本当は一番最初に行きたい場所だったんじゃないかな。
「ライ、荷物持ち代わろうか?次は君が行きたがっていた場所だしな」
「………」
ウーゴさんがライさんに声を掛けるけど、反応は無い。静かにリンゴをかじって川の流れを眺めているだけ。まるで心ここに在らずと言った様子だった。
「ライ、やっぱり疲れたか……?」
「……そうじゃないんだ」
やっとリンゴを食べ終えたライさんは座ったまま指を絡ませ目線を手元にまで引き戻した。
「先程のご婦人、何故俺の恰好を不思議がったのか……こちらからすればそれが不思議だった」
カンポに居た頃のライさんはそれを知っていた。町の中で武装して歩く事で、相手にどんな印象を与えてしまうのか。
そんなの、疑問に思うまでも無い。相手を怖がらせるからだ。
「そんな事を疑問に思うな」
とうにブドウを食べ終えていたレブが立ち上がった。それでもライさんと目線の高さはあまり変わらない。
「お前が相手を怖がっているからだ」
レブの口から出た言葉は、私が考えていた事と真逆だった。
「何を言っている……。俺が?」
「前のお前であればそんな無意味な行いはしなかっただろうな」
ライさんはレブにまだ言いたい事がある様に見えたけど、レブが先に工房へと向かって歩き出してしまう。結局荷物はウーゴさんが持って私達はポルさん達の元へと向かった。
でも、レブが言って私も気付いてしまう。やっぱりライさんは……どこか変わってしまっていた。表面上は変わらず優しくて、強そうで気さくな人に見えるのに。口ではすぐに言い表せない違和感が私の中で拭えない。
「ポルー。おっさーん」
「なんだぁ?フジタカじゃねぇか」
率先してフジタカが入れるトロノの施設と言ったらこの場所くらいしかないんじゃないかな。そう思わせるくらいには自然に彼はこの工房の門を潜る。すぐに顔を出したセシリノさんを見て、まずはウーゴさんとライさんが頭を下げた。
「今度はどうしたんだ……」
「そう言わずにさ。ちょっと紹介だけ」
「ポルならいねぇからな……」
こっちの都合で急に来ちゃったし、そこは仕方ないかな。これから利用する様になればそのうち会う機会は必ずあるだろうし。
「ほぉ、カンポから来たってか。そりゃあ難儀な事で」
「そうは思いませんよ。この世界を導く契約者の盾になれるのですから」
「すげぇ固い事言うんだな、毛並みは良さそうなのに……」




