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エネミゴ・イ・アミーゴ

 チコの声がひっくり返った命令でもゴーレムは動いてくれた。それが通用するかは別問題。

 「避けさせて!チコ!」

 「………」

 私が叫んでも遅い。チコは無言で動こうともしなかった。辛うじて立っているだけで声も発せられそうにない。

 「っ……!」

 本当は私が言うべきではない。だけどこのままじゃ魔力共有も切っていないであろうチコはゴーレムが打ち砕かれると同時に倒れる。

 そうなってしまってからでは遅い。伝える気持ちがどこを向いたとしても、言う事もできないなんて……耐えられるものではない。

 息を吸い込む。気を入れ直す程でもないんだけど。

 「……フジタカ!」

 それでも、私は……私が、彼を呼んだ。茂みから飛び出た影はすぐに私達の横を通り抜け、地面を削って滑りながら止まる。彼の姿がチコの目にも入り、瞳が明らかに揺れる。

 「おぉぉぉらっ!」

 しかし今はそれどころではない。フジタカは真っ直ぐに縄付きナイフを投擲し、見事にタロスの踵に刺さっていた釘の様な栓を消した。

 「うわぁっ!」

 その直後、踵から緑とも青ともつかない奇妙な液体がタロスの踵から噴き出す。しかもそれは地面に触れて染みた途端にじゅわじゅわと泡立たせた。あれが精霊の魔力や霊力を液状化し、独自に技術に転用したた物……霊液らしい。実際に見るのは初めてだった。

 「こ、これでいいのか……?」

 「たぶ……」

 「違う」

 ナイフを手繰り寄せるフジタカに返事をしかけて、レブの声が聞こえた。直後に埋まっていた拳が跳ね上げられ、彼は飛び出しながらタロスの顔面を蹴倒してしまう。

 辺りに大きな地響きを鳴らしてタロスは倒れる。なんとか立ち上がろうしている様だったが、その前にレブが走って零れる霊液に爪の先を浸けた。

 「この液体がある限り動くと言うのなら……!」

 「っ……」

 胸が痛む。レブが魔法を発動させて霊液へ放電する。電気は霊液を伝わってたちまちタロスを内部から感電させた。膝立ち状態になってタロスは天を仰ぐとやっと動かなくなる。

 「……今度こそ終いだ」

 痛みが治まりレブが手を地面から離す。しかし、ずん、と私達は止まぬ地響きを聞いて振り返る。

 「う、うああ……あ…」

 そこに立っていたのはチコとゴーレムだった。チコが言葉にならない声を上げて、ゴーレムは構わず森を歩く。

 「………」

 大きさはレブの本当の姿よりも小さいくらい。木にぶつかって肩が崩れるくらいには脆かった。しかしどこかへ歩き去ろうとするゴーレムをフジタカは逃がさない。もう一度ナイフを投げるとゴーレムは背中に刃が触れると同時に消え去った。

 「う……っ」

 ビクン、とチコの体が跳ねると彼は前のめりに体から力が抜ける。すぐにフジタカが倒れない様に抱き留めてやる。

 「大丈夫か、チコ!」

 「……おま、え……」

 チコはフジタカの服の襟を掴むとすぐに立ち上がる。ほとんど無い力でのろりとその肩を突き飛ばし、よろけながらもフジタカを睨んだ。

 「なんで、お前らがここに来てるんだよ……!」

 「チコ……」

 すっかり青ざめた顔でチコが浮かべた表情は私達への……明らかな敵意だった。

 「はぁ……っはぁ……!」

 「無理すんなよ、まずは……」

 「うるせぇ!」

 予測できなかったわけでもない。また前と同じ言葉が投げ掛けられるんじゃないかと思っていた。

 「俺はお前の力なんてなくてもできたんだ!できたんだよ、本当は!」

 チコは涙を溢し、唾を吐き散らかしながら静かになった森で叫ぶ。その様はまるで駄々をこねる……子どもだった。

 「……ふっざけんなよ、テメェ!」

 叱るとは相手へ語気を強めて注意する事。無論、大きな声や怖い顔をしないで相手の間違いを正す事だって叱ると表現できる。一方、怒るとは自分が腹を立てた事に対して起き上がってくる感情をぶつける事だ。

 いつだったかカルディナさんが道を歩きながら教えてくれた言葉をふと思い出す。今のフジタカは間違いなく、チコに対して怒っていた。

 「お前の勝手で、どれだけ周りが迷惑したか分かってんのか!」

 「俺は、できる……!」

 「何がだよ!ルビーさんを、お前の未熟さで死なすことか!?」

 ルビーは話に入らずに、ただ召喚陣を握り締めて下唇を噛み締める。俯いて目を伏せる彼女を見てチコは背を曲げた。

 「お、俺は……!」

 「逃げんな!」

 身を屈め、背を向け走ろうとしたチコをフジタカは一息で距離を詰める。すぐにその手は弾かれたが、私達も話を聞かせるつもりしかない。言いたい事があるのならもちろん聞く。だけどきっと悉くを言い負かせてみせる。今のチコに説得力なんて備わっていないもの。

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