目を離した隙に。
第二十七章
フジタカを私達の部屋で保護して既に三日。そろそろ周りの目も気になってきた。
と言うよりも、私がフエンテに再度遭遇して精神的に参っている……という設定がトロノ支所内で噂になっているらしい。レブが意図してやった事だし、嘘でもなかった。……また、あの嫌でも印象に残るべっとりとした笑顔を見るなんて思っていなかったから。
そのおかげで私のお見舞いにソニアさんやティラドルさんも来てくれる。だからこそ、来る度にフジタカも部屋に居るものだから首を傾げていた。
「外、出たいんじゃないのか」
そう言ったのは私の机に向かっていたフジタカだった。ベッドに座る私ではなく、自分の手元を見てペンを走らせている。
何を話そうか、と自分の考えを纏めているそうだ。書いてる文字はフジタカの国の言葉で、私には一文字も読めない。後からそれを書き直すか、それとも読み上げるだけにするかは聞いていない。
「フジタカこそ。散歩もできないんじゃ気が休まらないんじゃない?」
「ザナまで俺を犬扱いする……」
しまった、そんなつもりじゃなかったんだけど。誰かさんの接し方がうつったかな……。
「……あぁ、駄目だっ!」
少ししてフジタカは牙を見せながら声を荒げて紙をグシャグシャに握り潰す。すぐにナイフを取り出して刃先に触れさせ、紙は消してしまった。
筆が乗ろうが乗るまいが、最後はこうしてフジタカはナイフで紙を消してしまう。だから記録として残さずに一から書き直す羽目になる。考え方は悪くないけど、進展はあまりないみたい。
「空気の入れ替えでもしようか」
私は立ち上がると窓に手を掛けてゆっくりと開ける。気温もだいぶ低くなってきたから全開にはしない。
「はぁー……良い風」
人がいるだけで湿気は部屋に籠ってしまう。三人いればなおの事。窓を開けるとすぐに乾燥した冷たい空気が流れ込んでくる。少し火照った頬を風が撫で、どこからか焼き立てのパンの香りも運んできて鼻をくすぐった。
「食事時か」
椅子に座り静かにしていたレブが口を開く。最近はずっとレブに食事を運んでもらっていたから私が先に部屋の外へ向かった。
「お昼くらいは私が行くよ。そろそろ……怪しいと思われるし」
「だったら俺も少し外に出た方がいいかな?」
フジタカは調子が戻ったというよりはなんとか落ち着きつつある状態。今ならチコと突然会っても何も言えないって事はない、と思う。
チコの状態が分からない。ソニアさんに話を聞いて、ティラドルさんにはそれとなく探りを入れてもらった。
どうやら怪我は翌日の夜になってから医療班に見てもらったそうだ。それからは同じく部屋に閉じこもり、たまに食事に短い時間出てくるといった様子だったらしい。
「……行ってみようか」
「おう」
チコの部屋の前は通らないけど……歩きながら誰かに会えたら聞こう。レブとフジタカを連れて私は食堂へと向かった。
「体調はもう良いのか」
「どうしてもお腹は空きますしね」
特に親しい人には会えずに食堂へと着いてしまう。食堂のおじさん、クルスさんが私の顔を見て気遣ってくれるので大丈夫とだけ伝えておいた。
同じ様に珍し気にこちらを見ている他の召喚士はいたけどチコはいない。食事を終えたので、一度部屋へ戻ろうと三人で話していた時だった。
「あら?」
聞こえた声に私は目線を向ける。そこにいたのは食事を乗せたお盆を持ったカルディナさんだった。
「そこ、空いてる?」
「はい!」
カルディナさんが私達の正面に移動して座る。食事はまだこれからみたい。
「……準備はまだでいいの?もう出発したとばかり思っていたけど」
「え……?」
急に話を振られて固まったのはフジタカだった。だけど私も本人も、レブも内容を知らない。
「え、って……。チコ君が朝に所長から呼び出されてビアヘロ退治に……」
「……っ!」
フジタカの毛皮がカルディナさんの口が動くごとにどんどん逆立つ。驚きの声を上げなくてもその反応で簡単に見抜かれてしまう。
「まさか、知らなかったの?じゃあ彼……」
「あ、あの!カルディナさんはチコが向かったのはどこなのかってご存知ですか?」
咄嗟に私は立ち上がる。
「あ、アルパの途中よ。ほら、貴方達が前にソニアとインペットを退治した場所からそう遠くないけど……」
「私、ちょうど今日は手が空いているのでチコの加勢に行きます!いいよね、フジタカ?」
「た、頼む」
何が起きているかの把握は後にしよう。今は動いて追い付かないと。チコが朝に出発したなら無理ではない。




