使い時は今じゃない。
「消さないって選択肢はまだ取れないか……」
怒るどころかポルさんは冷静にフジタカの持つナイフを見詰めて分析していた。その様子にセシリノさんは詰め寄り両手を振って取り乱す。
「どうすんだよ!あの剣だって貴重な鉱石と応石と鉄も混ぜて作った……」
「あぁ、うるさい!」
セシリノさんよりも大きな声を上げてポルさんが怒鳴る。セシリノさんが固まるとポルさんはもう一度工房の奥へと小走りで入っていった。
「えーと……?あぁ、これだ」
そんな呑気なポルさんの声が聞こえたと思えば、彼はすぐに私達の元へと戻ってきた。しかもその手には……。
「ニエブライリス……!?」
フジタカが先刻消したばかりのニエブライリスが握られていた。
「こんな事になるだろうともう一本用意してたんだよ」
「いつの間に……」
セシリノさんも知らなかったらしく本気で呆れている様子だった。しかしポルさんの用意の良さには私も胸を撫で下ろす。
「さぁフジタカ。今度こそ正真正銘のニエブライリスだ。これでアルコイリスは……お前のナイフはもっとやれる」
「あ……う……」
しかし問題はフジタカの方だ。幾らニエブライリスがあるからと言って、本人が使いこなせないとまた同じ事を繰り返してしまうだけだ。
一回失敗してもう次は無いと言われればそれはやっぱり引け腰にもなる。
「さっきの決意はどうしたんだ……なんてな」
しかしポルさんは差し出した剣の柄を引っ込めると作業机に置いてしまう。
「ノリでどうにかできるものじゃない。魔法と同じだ、気持ちと実力のどちらかでも伴わないならできるものもできないんだ」
端に置いていた鞘に剣を納めてからポルさんはフジタカにニエブライリスを持たせた。
「自分で今なら使いこなせると思ったらその使い方を試せ。考えてみれば、アルコイリスに役割を全部与えた訳でもないみたいだしな」
「フジタカは本番に強そうに見えるから、機を見るか!」
セシリノさんの言う通りだと思う。フジタカはいつもこの一番というところで何をするか分からない。もしかしたら……そう、ココの言う通り時が来るのかもしれない。
「………」
フジタカは剣を見下ろして口を閉ざしている。彼のナイフに合わせて作った彼専用の剣だ。本当なら飛び上がってもいいくらいかもしれないけど……。
「ありがとう」
フジタカは一言、静かに言うと背負って鞘留めの長さを自分の体に合わせた。
「似合ってるぜ」
「見合うだけにはまだなれてないみたいだけど……」
位置と握り心地を確かめているフジタカにセシリノさんが笑う。
「しっかし、同じ物をよくもう一本用意したな?」
「同じじゃないんだけどな」
セシリノさんの質問にポルさんは事も無げに答える。
「最初のは俺が一人でこっそり作った屑鉄の模造刀な。フジタカが力を操ってアレを消さずに済むならそれで良かったし」
「お、おめぇ……」
「セシリノの目を騙せたなら俺の技術もまぁまぁってところだな」
拳を震わせるセシリノさんに対してポルさんは得意げに語る。ドワーフの目を欺く鍛冶技術……人間が成したなら凄いよね。
「ふん!手に取る間も無かったから気付かなかっただけだ!」
「そういう本当は認めてるけど素直になれないみたいな反応じゃ後継者を育てられないぞ」
「だってよ、レブ」
「私を継ぐ者などいない」
鼻を鳴らしてそっぽを向くと思ったのに、話はちゃんと聞いてくれてるんだね。……なんて指摘したら今度こそ拗ねるだろうな。
「いや……後継……。そうか、息子……か」
あ、変な事考え出した……。
「あの、今度のニエブライリスとさっきの剣はどう違うんですか?」
私達だけの世界に入る前に話を戻す。……他の人にも聞いてもらう日が来るかもしれないし、しっかり知っておかないと。
「まずは鉄が違う。ピエドゥラの鉱石ではなく、そもそもを異世界から取り寄せている代物だ」
「それを俺が叩いて鍛えるわけだな」
ポルさんとセシリノさんも話を振るとすぐにこちらへ戻ってきてくれる。フジタカもしっかり耳を彼らに傾けている様だった。
「魔力を増幅する応石は多分このオリソンティ・エラで採れる石が一番だと思っている、他の異世界を含めてな」
違う世界の石の話なんて聞いた事も無かったけど、違いはどこにもあるんだ、やっぱり。
「応石と鉄の構成は俺よりも知識のあるポルの方が確実でな。そのポルが振り回しやすさ、頑丈さ諸々を考えて配分した鉄を俺が剣として鍛え上げたのがニエブライリスってか?」
「あぁ、いわば俺たちの血と汗と涙と経験と技術の粋を結晶化した物だ」




