思惑の隠蔽、開示。
「今度こそチコに捨てられちまったんだな……」
口だけ動かしてもフジタカの表情は見えない。しかしチコの血が微かに付着した部分をぎゅっと握り締める手は震えていた。
そんな事はない。チコはフジタカが私達と戻って来たと知っているから私にその毛布を預けたんだ。
「………」
とても、そんな風には思えない。好意的に解釈したくてもフジタカの耳に届かないと意味が無いんだ。
「私、ウーゴさん達と所長に会ってくる」
「……私は留まる。相手の説明はできるな」
「うん」
風を操るベルナルドと、レブの拳を受け止めるだけの力を持った甲殻虫人。ほとんどその力は見れなかったけど、だからこそレブを連れていかずに済む。今はフジタカの傍に誰かいてくれないと。
「じゃあフジタカ、そこにいてね」
「………」
お腹が空いた、でも良いから何か言ってくれないかと思ったけど彼は黙ったまま。気にはなったけど私達はまだ灯りの点いていた所長室へ移動した。
「やぁやぁ、遠路はるばるご苦労様です。ウーゴさんとそのインヴィタド……ライネリオさん、でしたか」
「………」
いつもならライで構わない、と言ってくれるライさんは所長を前に黙っていた。
「こちらこそ、お声掛け頂けた事に感謝します」
ウーゴさんが仕事机の前に立った所長へ頭を下げる。口振りからして、ブラス所長が二人をトロノ支所に呼んだんだ。
「まさかザナ君が連れてくるなんて思わなかったよ」
「あ、あの!」
所長がやっと私を向いたのですかさず私は前に出た。
「どうしたの?」
「……フエンテが再び現れました」
「………」
ブラス所長が来客用の椅子へと移動する。
「聞かせてもらえるかな」
座る様に手で促された私はウーゴさんとライさんと一緒に長椅子へ腰掛ける。この場に他に誰もいなくて助かった。
私が話を組み立てるしかない。だから私は聞いてもらった。トロノの町中でベルナルドに移動させられた事、そこでフエンテへ加わる様に勧誘された事。交渉は決裂し、チコが怪我をした。そこでチコが退避してフジタカが激昂、戦闘になった所でライさんが魔法で援護してくれる。新しいインヴィタドらしき姿もあったがそこでベルナルドはまた来るとだけ言って消えてしまった。私達はチコの怪我を優先しトロノへ戻ってきたと所長へ淡々と報告する。
「……以上です」
「………」
その場にいた一同で黙ってしまう。私は内心冷や冷やしていた。
……私達の会話をウーゴさんとライさんはどこまで聞こえていたか。二人が現れた時にはフジタカがベルナルドに飛び掛かっている。フジタカがビアヘロでチコと繋がりがない部分を私は端折って報告したんだ。
「……君達がフエンテに、か。確かに君達は何度もフエンテと争い勝ってきたからね」
眉間に皺を寄せて所長が俯いたまま言った。ライさん達は補足で何も言わない。
「でも私達ははっきりと拒絶しました」
「正直に言ってくれてるんだ、信じるよ。ただし、また来ると言ったんでしょ?」
側頭部の髪を指で梳きながら私の顔を見る所長にはまだ困った様にだが笑みがあった。
「そうですが……」
「どうしたもんかなぁ……」
頭を掻いて唸る所長を前に手を合わせて鳴らしたのは、ライさんだった。
「こういうのはどうでしょうか」
「うん?」
「ザナさん達を俺達と同じ様に組み込むのです」
組み込むという言葉に私が首を傾げ、所長は口を曲げた。ウーゴさんの表情は少し明るくなっている。
「うん、それなら……」
「……はぁ……」
ウーゴさんはライさんに賛成しようとしたのかもしれない。だけどそれを上書きする様に所長は溜め息を吐き出す。
「どうされたんですか?」
「間が悪いなぁ……。ザナ君が居る前で言っちゃうんだもん」
顔を上げた所長が事態を呑み込めていない私の方を向く。私の前だと不都合……って?
「契約者もフエンテに狙われている。そして彼女達もフエンテの標的に含まれた。だとすれば……」
「あ」
そうか、分かった。だったら……。私が口を開けたところで所長は手を軽く上げた。
「……そうだよ」
所長は手を下げると、ウーゴさんとライさんに向ける。
「この二人は契約者ニクス様の警護を強化すべく、フェルト支所から出向してきた補充人員だ」
やっぱり、予想した通りだ。この二人なら腕も確かだし、契約者との同行経験は他の召喚士とは比べ物にならない。所長が思ってるよりも心配ないと言っていたのは……きっとあの時点でウーゴさん達に打診していたんだ。この二人に対してなら私達は相応しくないと言われても無理はない。




