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チコを追って。

                            第二十六章



 トロノの夜道は私達に何があったかなんて知る由もなかった。でも、何人かは街道で炎を見た人もいたみたい。それに……。

 「寄る所は……」

 「特に無い。トロノに来るのは初めてだからそのうち案内してほしい」

 「はいっ」

 私が後ろに立っていた二人に尋ねるとライさんの方が答えてくれた。町に入るとその姿がよく見える。鬣は伸びているけど間違いなくカンポで会ったライさんだった。喋り方は変わらないけど、少し声が低くなった気がする。ウーゴさんは少し痩せたかも。

 真っ直ぐにトロノ支所へ戻ると私は早速床に赤い染みを見付ける。乾いていないそれは寮の方へと続いていた。

 「これ……チコの……」

 「医務室に行ってないんだ」

 廊下の逆方向には全く血痕は落ちていなかった。部屋で自分で止血してから医務室に行ったか、もしくは何もしていないか。チコを追い掛け始めたのだって時間にして大きく差は無いから多分……何もしていない。

 「先にチコを……」

 「………」

 ずっと掴んだままのフジタカの指が私の手から離れた。そのままライさんとウーゴさんの後ろにまでフジタカは下がってしまう。

 「あ、あの……俺、やっぱり……」

 「フジタカ……」

 彼の姿を見ていなかった。こんな風に耳を畳んで口を震わせたままにしていたなんて。

 「あ、と……あの所長に報告しに行くんだよな?その、俺はなんつーか……」

 「私は犬ころを連れて部屋に戻っている。必要であれば、呼べ」

 今度はレブがフジタカの手首を掴む。

 「お、おいお前……!」

 「来い」

 有無を言わさずにレブはフジタカを連れて女子寮の方へ向かって行ってしまう。……フジタカとチコの事を考えてくれていたのかな。

 「………」

 「あの、この後は……?」

 「あ!す、すみません!チコの部屋に行きます。怪我をしたままかもしれないので」

 フジタカはレブに任せて私はウーゴさん達と先にチコの部屋へ向かった。本当に分かりやすく彼の部屋まで血痕は一滴一滴と続いている。他の召喚士達も気付いて心配している様だった。

 「チコ!チコ!いるんでしょ!」

 部屋の扉をチコへの呼び掛けと共に叩く。扉が開くと私は突然何かに顔を覆われた。

 「うっぷ……!」

 「うるっせぇってんだ!俺に構うなぁ!」

 何が起きたかと腕を振るってなんとか視界を確保する。どうやら開けると同時に私の顔に毛布を押し付けたみたいだった。毛布を退かすと扉は閉められ、鍵も掛けられてしまう。

 「ねぇチコ!さっきの怪我……!」

 「こんなん大した事ねぇんだ!唾つけときゃ治るんだ!」

 扉の向こうから聞こえる怒鳴り声に私も一歩下がる。口ではそう言うけど、とてもじゃないがトロノ支所の部屋の前まで血が止まらない様な怪我ならその程度では治せない。

 「いざとなれば俺が治癒の妖精でも召喚して治させればいい!お前には関係ねぇ!」

 「関係ないって……!」

 「ザナさん」

 私がもう一度部屋の扉を叩こうと拳を振り上げたらライさんに止められた。周りを見ると、騒ぎを聞き付けた召喚士達も何人かこちらを見ている。

 「……本当に大丈夫なの?」

 「くどいんだよ」

 少し掠れたその一言を最後に、チコは返事をくれなくなった。私は一度毛布を持ったまま自室に戻る。

 「置いたらすぐに所長のところにご案内しますので」

 「分かりました」

 ウーゴさん達に待っていてもらいながら部屋に入ると、レブとフジタカが先に戻っていた。その姿に私は言葉を失う。

 「……戻ったか」

 「………」

 私が戻ったからだろう、レブはこちらを向いた。フジタカは膝を抱えて俯いて座っている。

 捨てられた犬の様、なんてよく聞く比喩だが今のフジタカは文字通り、それを体現していた。耳を伏せ、私に気付いて見上げる潤んだ瞳に震える鼻。ずっと雨に打たれていたのではないかと思う程に寒そうに見えた。冷えているのは身体ではなく、きっともっと別の部分なのに。

 「これから、ウーゴさん達とブラス所長に会ってくる。フジタカ、床に座ってないで椅子かベッドに……」

 「………」

 フジタカは何度も首を横に振った。そこを定位置に動きたくないんだ。

 「……お尻、痛くなるよ」

 せめて敷物に、とさっき押し付けられた毛布をフジタカに渡してやる。すると彼は顔を上げて数度鼻をひくつかせてから受け取った。

 「これ、どっから……」

 「さっきチコが怒鳴りながら私に被せたの」

 「……俺の使ってた毛布だ」

 フジタカが毛布で自分を包み込む。器用に包まったからか、鼻先と手以外はほとんどがすっぽりと隠れてしまった。

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