重ねたい手、重ねないで。
「………」
おもむろに瓶を持ち上げるレブ。中身はまだかなり残っていると思うけど……。
「……ぬぅ……」
瓶を傾け、中身をグラスへと移す。注ごうかと思ったけど感想が無いから私も動くに動けない。……不味いけど無理に飲んでいるとしたら勧めるのも悪いだろうし。
「……っ」
更にもう一杯を飲んでくれた。今度は少し多めに注いでいる。酒には料理も付き物だけど今回は用意していない。レブってブドウ以外に関心を示さないけど肉とかも好きなのかな。
「………ぷは」
三杯目も飲み、四杯目を私が注ぐとレブは頷いてから飲んでくれた。
「………」
「れ、レブ!ちょっと!」
半分を切ろうとした頃、突然瓶の先を自身の口に直結してレブは一気に中身を傾けた!いわゆるラッパ飲みと呼ばれるその行為につい、黙っていられなくなった。
「ぷ……っふぅー……」
瓶が空になるとレブは口から引き抜いて息を噴出した。今度は湯気が出なかった代わりに、ふんわりブドウ酒の匂いの流れが私の鼻を再度くすぐる。
「なくなっちゃったね」
コト、とレブが置いた瓶を見て。グラスと同じ様に微かに残った水滴は……。って、レブがグラスを舐めてる!
「レブ!行儀悪い!」
「………」
伸ばしていた舌を引っ込めてレブはグラスを渋々置いた。しかし既にグラスからは紫が綺麗に取り除かれている。
「行儀など気にしていられるか。貴様からの贈り物を私が残すわけにはいかない」
「瓶を割って中身を、なんて止めてよ。十分味わってもらったんだから」
レブが口を腕で拭い、やっと私の方を見てくれる。放っておいたら爪で真っ二つに瓶を切り落としそうな勢いだった。
「……これを貴様が仕込んだのか」
「う、うん……。フジタカに作り方を教えたり、荷物運びとかは手伝ってもらったけど、作ったのは私だよ」
レブは瓶を机に置いたまま先を少しだけ斜めに傾ける。奥底に残るブドウ酒のほんのわずかな一滴を見ていた。
「レブに飲んで欲しかった。最初はほら、ただの口約束だったけどね」
……フェルトでの出来事だった。話した時は口が滑ったとか、作っている時はこんな事をしていて良いのかな、と引け目も少しあった。でも今は作って良かった、レブに飲んでもらえて良かったと思っている。
記憶力の良いレブならちょっとした事でも覚えているから、きっと忘れてはいない。最初にブドウ酒を見た時の反応からして、消し去る事なんてできるわけないしね。
「……約束を守る女は、好きだ」
どこかで誰も聞いちゃいないのにレブは少し小声に言った。最後の一言に突然自分の胸が一際大きく存在を主張する様に跳ねる。……レブは私に無断で魔法を使ったのかもしれない。
「いや、今のは……」
「私も」
どんな魔法かなんて、何かを言われる前に自分から。レブの目が大きく見開かれて、彼の目には自分が映っているのだろうなと思いながらもう一度。鏡を見る様に、自分と向き合って本心を伝えよう。
「私も、作ったお酒を飲んでくれる竜人、とか……好きなんだよ?」
言ってしまった。しかもレブの言い方を真似してさり気無く。というか、笑って誤魔化すのは止めようとしたのに結局こうして言葉のどさくさに紛れさせてしまった。こういうの、レブはきっと……。
「………」
こちらを見上げるレブの瞳が揺れていた。
「………」
また沈黙が二人を呑み込んでいく。目が合ってもすぐに逸らしてしまい、机の上に置いた手を見詰めるだけ。前の様に、私も愛しているなんて言ってくれない。かといって、冗談にしては度が過ぎると怒られてしまうわけでもなかった。
口が動かない。だけど私の手は、指先は動いてくれる。その手がゆっくりとレブの方へと動いた。
自分で何をしているのか分かっていない。でも、こうしたいという気持ちだけが強く私の手に命令している。レブの手と重ねたいと。少しでも近づいて、触れていたいと。
「まっ……待てっ!」
あとほんの爪一枚分、というところまで手が動いてくれたところで先に机から手を離したのはレブだった。
「きっききききき貴様!今の発言は……!」
「……なにさ」
あぁ、やっと口が動いてくれた。狼狽するレブに私も手を反射的に引っ込める。あまりに沈黙が長くて今の、というよりはさっきだ。とりあえずなかった事にはされていない。
「そ、その……今は口が酒臭いのだが」
「何をされるとおもったの!?もしくはしようとしてたの!」
「う、うるさい。私にも準備がだな……!」
そういうのは雰囲気でそのまま済ませてから……ああもう、私まで何を想像したんだ!




