勝負の後はお祝いに。
「あ……ソニアさん、お忙しいところレブに付き合って頂いてすみません!」
まずは謝らないといけないと頭を下げる。ソニアさんは私の肩に手を置くと苦笑した。
「いいのよ。私もティラドル様に甘えてこういう訓練を怠っていたわ。たまにならいいのかもしれない」
言ってソニアさんはティラドルさんとレブを見る。自分達の放熱蒸気に包まれたからか妙に鱗が艶々と光を反射していた。拭き取ってあげた方が良いのかな。人間なら放っておくと風邪をひきそう。上着を差し出してソニアさんは口を開いた。
「竜人とは誇り高い種族。私達人間の言う事は癇に障るかもしれませんが」
「的確であれば指図だろうと構わん。ビアヘロの情報と同じだ」
ティラドルさんはソニアさんから上着を受け取るとボタンは留めずに羽織った。一度レブの攻撃を読み違えた場面がなかったら勝負はどうなっていたか分からない。
それでもティラドルさんはソニアさんの事も信用している様だった。既にビアヘロに関しては信じているから、戦闘の指示だって場合によっては任せられると思う。
「私も頑張ってみて良い?」
「貴様の努力を阻害する理由は無い。度を過ぎなければな」
レブに追い付くには一朝一夕にはできないと思うから頑張りたいんだけどな。時間は掛かりそうだった。
「お嬢様」
「なに?」
そこにティラドルさんが少し身を屈めて私に耳打ちする。
「今こそ勝利の美酒をアラサーテ様へ」
「あ……!」
もしかして、その為にわざわざ体を張ってくれたの?ティラドルさんが顔をつい、と背けたので私はレブに向き直る。
「……レブ、疲れた?」
「そうさな……」
ゆっくりとレブが腕組みを解く。
「竜人同士で争うこの感覚は随分と久しい。未だに昂ぶりが治まらない」
……まだティラドルさんを殴り足りないとか、そういう意味ではないよね?
「だったら今度は私のお願いを聞いてくれないかな」
「言ってみろ」
もう一度ソニアさんに私は頭を下げる。
「ではソニアさん、今日は私達……」
「戻るのね。私は服屋に寄るからここで解散にしましょう。……次はどんな服を着て頂こうかしら」
あっさりとソニアさんは私を解放してくれた。たぶんティラドルさんの服を買いに行くんだ。意外に汚したり破いた事は気にされてなくて少し助かる。
「行こう?」
「……うむ」
私はレブを連れ立ってトロノ支所へ向かって歩き出す。ティラドルさんの目配せに私は微笑んで応える。
「歩いてるとどう?落ち着いたんじゃないの」
「多少はな」
二人の姿を完全に見失ってから口を開くとレブの声の調子も低くなっていた。だいぶ平静を取り戻してくれたと私も感じる。
「ティラもティラだ。幾ら私が縮んだからといって、あの程度しか動けないとはな。あの赤毛に甘やかされていた証拠だ」
「あ、あれで……?」
ティラドルさんは本当ならもっと動けるって事だよね?あんな試合を見せられた後にそんな容赦ない事を言われてはこちらが言葉を失ってしまう。
「わざと受けても全く腰が入っていなかった。ああいう時に加減をする様なやつではないのだが」
「え?わざと……?」
本当はもっと避けられたのに自分から蹴られたり打ち込まれていたの?私がレブの顔を覗くと彼はしっかりと頷いて前を見ていた。
「ティラも私に不平不満は持っている。それを少しでも晴らさせてやらねばな」
「心配してたんだ」
「断じて違う」
そこは否定するんだから。でもまさか、レブがティラドルさんの鬱憤を気にしてわざわざ殴られていたなんて。
「結局私の方が何発も直撃させたから意味はないのだろうか」
私の知るティラドルさんならレブに危害を加えるよりは、加えられたいと思う気がする。本音は今度聞けるかな。
「レブなりの対処法だったんだ」
「この方法が迅速かつ即効性が高いからな」
竜人なら誰しも、ではなくレブ個人の考えだろうな、これは。
「それはそうと」
前に回り込んでレブが自分の腰に手を当てる。
「先刻はティラと何を話していた」
「う……そっちも気にしていたんだ」
レブが首を傾げて見透かすように私を見上げて目を細める。
「当たり前だ。それにこのところ妙にティラの顔を見に行っていたからな。二人の関係を疑う者も少なくない」
いや、確実に疑うとしたらレブしかいないから少ないよ。関係って言っても、ソニアさんのインヴィタドと私は専属契約はできない。既に私にはレブがいるのだから。
「観念するよ。だから話す前に先に私の用事を片付けさせて」
「……仕方あるまい」




