機転を起点に反撃。
読まれていた。ティラドルさんはソニアさんの声に反応してレブの左手と右足からしか攻撃が来ないと踏んだから両腕を広げる。そして見事にレブの一撃を右で受けた。だからすかさず空いていた左手で攻勢に転じる。どんなにレブに比べて大振りでも、速度もゴーレムや獣人の比じゃない。同じ竜人として決定的に遅れていないのだから攻撃は当たってしまう。
「確かに、普段なら私達の常識は通じない。だけど、それは何もしない理由にはならないのよ」
観察に集中してたんだ。魔法は使わないで体術だけなら同じ両腕と両足を使う。選択肢は無限というわけではない。絞り切れずとも候補は挙げられるんだ。
「私は模擬戦でもティラドル様を勝たせたいわ。あなたはどうなの?」
「私は……」
既にレブなら大丈夫だろう、彼に何を言っても聞いてくれない。そう思い込んでいた。
見守る事も大事だけど私だって何かしたい。見ているだけ、任せているだけではいられない。だったら……!
「次は蹴りです!」
「ぐぁ!」
レブの拳がティラドルさんの顔に直撃して倒れる。
「あ……」
「………!」
ソニアさんを一睨みするとティラドルさんは立ち上がって再度レブに向かう。
「……こういう事もあるけどね」
「………」
聞こえてはいたけど私はもう意識をティラドルさんに向けていた。次に相手がどう動くのか観察し、見極める。……一長一短でできることじゃない。
「はっ!」
「ふんっ!」
「ぐぅ!」
私に分かるのはティラドルさんの動きが止まらない事。川の水みたいに絶えず動いていて、一挙一動が一つの流れになっている。……あれ?
「はぁ!」
「……ふん!」
今だ!
「跳んで!」
「な……!」
私の合図と共にレブが跳ぶ。すると直前までいた位置にティラドルさんの尻尾が鞭の如く振るわれた。しかし、そこにレブはもういない。
「おぉぉぉぉぉるぁ!」
「が……っはぁ!」
レブの振り上げた踵がティラドルさんの額に叩き付けられた。大きく跳ねてからティラドルさんは倒れ、しばらく立てなくなる。
「スリーカウント、だったか」
よく分からないけどレブの勝利で決着したらしい。ティラドルさんも頭を押さえてゆっくりと起き上がる。
「……有難うございました」
「うむ」
立ち上がったティラドルさんとレブが少し離れて一礼。そして二人は大きく胸を膨らませると鼻から一気に白い何かを噴出した。
「なに、これ……」
「離れた方がいいぞ」
「え?って、熱っ!」
広がる白い靄は霧よりも深く濃い。風が吹いて私とソニアさんを包むと一気に気温が上がったように感じる。騒ぐ程ではなかったがそれは蒸気だった。レブとティラドルさんが放熱の為に体の外に出したみたい。
「ティラドル様!お怪我は!」
「大事は無い」
蒸気が過ぎて二人の姿が見えるとすぐにソニアさんは声を荒げてティラドルさんに駆け寄る。本人は頭から手を離すとズボンの土埃を払い始めた。
「鮮やかでしたアラサーテ様!まさか我の一撃をここまで見事に躱され反撃をされるとは……」
「いや」
ティラドルさんを放置してレブは私を見上げていた。
「ティラの攻撃が見えていたのか」
「いや……見えたというよりは、聞こえたのかな」
レブは腕を組んで一息吐き出す。まだ少し白い。
「ティラドルさんの攻撃をじっくり見ていたの。そうしたら、綺麗だなって思った」
「光栄です」
一度動きを止めてティラドルさんが私にお辞儀をする。そんなの必要ないんだけどな。
「でも、あのレブが避ける直前にティラドルさんの踏み込む足音が変に転調したんだ。だから、何か来ると思った」
「決め手にする奇襲のつもりでした。それを音で読まれるとは……我も精進が足りません」
自分の尾を見てティラドルさんは歯噛みする。やっぱり勝つつもりでいたんだ。
「気付いてもどう伝えたら良いのか分からなくて咄嗟に跳んでって言っちゃった。ごめんね、最後はレブ任せになってた」
「いや」
レブは首を横に振ると笑った。
「私が見えない瞬間を見て伝えた貴様の指示は的確だった。そこから隙だらけのティラを血祭りに上げるのは造作もない」
「物騒な事言わないの!」
褒められて少しホッとしたのにすぐ乱暴しようとするんだから。……でも、最後のレブには見惚れてしまった。それこそ雷を思わせるほんの一瞬だけが私の中へ鮮明に焼き付く。
「やり手はアラサーテ様だけじゃなかったわけね」
私達を見ていたソニアさんががっくりと肩を落とした。負けたのが悔しいのか、それともズボンの修繕をどうしようか考えているのかな。……買い直した方が早そう。弁償しないとダメかな、アレ。




