フジタカの決意。
「出る幕が無かったのも事実です。……まさか彼が状況を一変させるとは」
彼、フジタカを見てティラドルさんが目を細める。
「なぁ、お前らはなんでこんな場所にいたんだ?」
「っく……。あの、ね……。イルダの家が、森の中にあるの」
黒髪の男の子がイルダ、と名前を出すと、さっき一番に私達が来た事に気付いたエルフの女の子が頷いた。
「去年トロノに買い物に行った時、サウロ達に会って友達になったの。……それでたまに森にも来てもらってた。今日もいつものように遊んでたらアイツらが……」
泣き止んで、落ち着いている様に見えるが目を真っ赤に腫らしてイルダちゃんは教えてくれた。そっと頭を撫でるとまた涙が零れそうになる。
「ビアヘロが出た事、知らなかったのか?」
「イルダと遊ぶ時は、いつも朝から出掛けてたから……」
チコの質問に別の子が答えてくれる。……北の森に住むエルフとトロノの人々は仲が悪いわけじゃないけど、こうして住処を分けている人達もいる。今回の事件でそれが嫌な方向に転んでほしくない。
「友達やトロノの人のためにビアヘロ退治だ、なんて言わなくて良かったぜ」
「何言ってるんだよお兄ちゃん。ビアヘロに挑む程、無茶で怖い事なんてしないよ」
うん、うんと他の子達も同意した。
「だから狼のお兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」
「ありがとう!」
「ありがとうございました!」
「ありがとう!」
「ありがとう」
五人で続け様に言って子ども達はフジタカに抱き着いた。包囲されてぐらぐらと体が揺れる。
「うわ!?も、もう大丈夫、分かったから!ほら、離れ……って、誰だ!俺のもっこり触ったの!」
しばらく揉みくちゃにされたフジタカは子ども達をソニアさんと交代してこちらへやって来る。
「はぁ……」
「フジタカ!やるじゃないかお前!」
「いて」
チコがフジタカの肩を笑顔で叩く。スパン、と良い音を立ててフジタカも苦笑したが、満更でもなさそうだった。
「そうだよフジタカ!さっきのすごかった!」
「確かに、妙妙たる技の冴えだった」
私とティラドルさんが頷くとフジタカは頬を掻いてはにかむ。あの剣戟から回し蹴りを放った一連の流れは呆然と見入ってしまった。
「へへ、空手の成果ってやつかな。……一応鼻を狙ったんだが」
当てたのはそれでも顔面だ。私はあんなに足を上げる事も、まして襲ってくる相手に背中を見せるなんてとてもできない。
「あの体技、実戦では初めて見たが興味深いな」
「……その足の長さじゃ無理だろ」
「……む」
レブも関心を持ったみたいだけどフジタカの正直な意見に言い返せなかった。……あの姿なら、余裕なのに。
「しかし随分と無茶したよな、お前」
チコが先の戦闘を振り返っているのか鬱蒼とした森の空を見上げる。
「脱いで、ビアヘロがそのままあの子達を殺す可能性は考えなかったのか?」
「いやー、パンツになっても動かなかったらどうしようかと思った!」
ハハハ、と笑うフジタカと同じ様に笑顔を作る者は誰もいなかった。とてもじゃないが笑えないよ……それ。
「お前……」
「そりゃあ、殺してから来られたらどうしようもなかった。だけどアイツら、好奇心の塊みたいな動きしてたからさ。新しい玩具を与えたらすぐに食い付くんじゃないかなって」
見抜いていたなら洞察力は大したものだ。だけど、やっぱり危ない賭けだと思う。
「フジタカが真っ先に殺されたかもしれないんだよ」
「……うん、ごめん」
フジタカが耳を畳んで、私の肩に手を置いた。
「だけど、あの時思ったよ。チコもデブも聞いてくれ」
上手く表現できないのか、言葉を探している様だったがフジタカは私の目を真っ直ぐ見てくれる。
「前の続きだ。俺のここですべき事の話。どうしたら良いのか、って聞いたらザナは決めるのは俺、って言ったよな?」
「うん」
力を磨くも、投げ出すも私達が強制する事ではない。チコは知らないだろうけど、私は言ったのを覚えている。
「デブの言った居心地なんて関係ない。でも、俺を助けてくれた人達に恩返しをしたい!」
レブもまた、フジタカの顔を真っ直ぐに見詰めていた。
「俺を頼ってくれた人達の、力になりたい!そんな俺にできるのがこんな力を使う事なら!やってやる!」
力強く言ったフジタカに自然と私は笑みを浮かべた。チコも、レブもその返答に満足している様に見える。
「良い心がけだが、その覚悟を貫けるか?」
話を聞いていたティラドルさんが投げ掛けた問いにフジタカは即答した。
「できる。自分で決めた選択を変えたら、後悔するって知っているからな」




