気を取り直して。
「大丈夫、思ってるよりも心配ないよ。ザナ君にも頑張ってもらったんだからね」
……違う。あの場で私は、インペットを一体倒しただけ。自分の身を守る事しかできなかったんだ。
「あの、ニクス様はどうされましたか……?」
ブラス所長は頬を掻いてから笑う。
「その辺にいると思うよ?誰かの研究室かな」
「そう、ですか……」
どこかに行ってしまわれたわけではないんだ。
「……さ、今日は休みなよ。疲れてるんだろうからさ」
「はい。行こう、ザナ?」
「……失礼します」
言い返せないもどかしさに私は唇を噛み締めながらルビーと所長室を後にした。廊下に立って空気が変わったと感じる。
「お疲れ様、ザナ。今日はありがとう」
「ルビーこそ。初めてのビアヘロ戦だったんだもん」
「えへへ、思い出すとまだ少しドキドキするかも」
そう、ビアヘロとは何日経っても私達からすれば近寄る事もできないものだ。フジタカだからそれをこうして笑い話にしていられる。考え方を変えればレブの言う通り末恐ろしいのは彼の方なのかもしれない。
「私はもう部屋に戻るね。ザナはどうする?エマ達と話さない?」
「どうしようかな……」
そう言えば、トロノに来てから全然話していない。
「……私はお風呂に入ってから戻るよ。やっぱり、疲れたし」
「そっか。じゃあ、またね」
「うん」
ルビーが先に廊下を進んでいく。その背を見送ってから私は自分の腕を嗅いだ。
「レブ……臭い、って言いそう」
廊下と室内じゃ空気の通りが違うんだなぁ、やっぱり。私はすぐに浴場へと向かった。
「ふぅ………っ」
汚れと共に今日の疲れや嫌な物を洗い流して私は身体を拭いた。トロノ支所の浴場って狭いし長居したくないんだよね、あんまり。
食糧庫の一角に隠したブドウ酒の発行具合を確かめてから部屋へ戻る。もう少し、時間が掛かりそう。
「遅かったな」
部屋を開けて、開口一番にレブが椅子に座ったまま言った。目を閉じていてもしっかり起きて待っていてくれたんだ。
「報告もあったし、お風呂に入ってたの。寝てて良かったんだよ?」
「起きていたのは私の勝手だ」
はいはい、とレブの横を通り抜けて私はベッドに倒れた。
「私が寝るのも、私の勝手?」
「そうだ。だが、明日はどうするか決めてあるのか」
枕に頭を押し付けたまま私は頷く。
「ポルさんとセシリノさんに会いに行こう」
「……果物屋の前も通るか」
「えー……」
意識がどんどんベッドの毛布に沈み込んでいくのが分かる。早く、答えないと……。
「たまにはブドウ以外も……」
「白ブドウでも良いぞ」
白ブドウで作るブドウ酒の方が良かった、かな……。でももう作ってるもんね……。
「楽しみに……してて」
「……あぁ、楽しみにしている」
レブの声が近付き、急に背中が温かくなった。そのまま、私は翌朝まで寝ていたらしい。
翌朝になって目が覚めると私は毛布を被って眠っていた。自分では包まった記憶が無い。
「ブドウと白ブドウ。たまには味わいを変える事も良いのかもしれないな」
「だったらリンゴとか梨も食べなよ」
しかも被っていた毛布はレブが普段使っていた毛布だった。もしかしてレブが掛けてくれたの?と尋ねたがそこは答えてくれなかった。でもレブは話をはぐらかさないで黙るから十中八九そうなんだろうな。白ブドウの要求はしっかりされたけど。私の記憶は曖昧なままだった。
「偏食もデブの理由なんだぞ」
「太ってはいない」
そして今日はフジタカも一緒だった。チコはブラス所長に口頭だけでも報告をするようにと呼び出しを受けたらしい。一応許可は取ってやってきたらしい。
「フジタカ、今日は軽装だけど大丈夫?」
「おう、忘れ物は無いって。ほら」
今日のフジタカは鎧を身に付けていない。その姿で会うのって随分久し振りかも。肩を元気良く回した拍子に上着が捲れて今日もヘソが見えている。言いながらフジタカがナイフを取り出す。
「これだけあれば、少しは戦えるしな」
ナイフを軽く浮かせて掌で受け、感触を確かめている。今日フジタカはそのナイフの使い方を教えてくれたポルさんにお礼が言いたいらしくついてきた。
「ザナはどうしてポルさんとセシリノのおっさんのとこに行くんだ?」
だけど私はフジタカに理由を話していなかった。セルヴァを出る前のミゲルさんとリッチさんとの会話は聞こえていなかったみたい。
「どっちかと言うとミゲルさん達に会いたいんだけどね……」
レブの鱗を持っていかれたままだし。どちらかと言うと、鱗の所在を確かめる為に出掛けている様なものだった。




