正しくあるべきインヴィタド。
「よっと……。立派な角だが活かす機会は無かったな」
ひょいとフジタカは軽く角を抱えた。私ももう片方を持ち上げたが、すぐに取り上げられてしまった。思ったよりも重くはない。
「俺が持つ。そういう言い付けなんだから」
「でも……」
チコの言い方はあまりに自分勝手に思えた。まして、フジタカの前に出ていたのは自分だし、追いかけまわされたのは誰のせいでもない。
「気にしてないから、俺」
どうして、と聞く前にフジタカは歩き出した。その背を見て私とレブも続くしかない。
「……フジタカ」
「うーん?どした?」
良かった、返事はしてくれる。……少し歩いていても本当に気にしていない様だった。
「……さっきの凄かったね?新しい力だったじゃん」
気にしていないとしても話題にするのは私の居心地が悪い。だから別の方に向けてみた。
「だろ!上手くいって良かったぜ」
「……チコは知ってたの?」
「いや、さっき初めて使ってみた。青いのは“部分的に残して消す力”……ってとこかな」
咄嗟にアレを使おうと思っていた……?それで成功させたって……フジタカは自分の力を使いこなし始めてる。
でも、チコは知らないで無反応だった。……いつものナイフと同じと思っているのかな。
「切り替え方は分かったんだ。あとは他の色に役割を決められればな……」
赤いアルコイリスでナイフを使ったのはベルトランとの時だけだった。その時は“部分的に消して”いる。使い分ければビアヘロとの戦い方は一気に変えられる。
「仮にできていなかったとしても、触れれば消せるんだもんね」
「そういうこと」
ふふん、とフジタカは笑う。機嫌は悪いどころか良さそうにすら見える。
「チコは凄いね、村を何日も困らせていたビアヘロをいとも簡単に消しちゃうなんて。探し回っている時間の方がよっぽどかかっちゃったし」
「もっと手っ取り早くアイツが見付けられれば、ルビーも楽できたのにな」
……なのに、前を歩く二人はあんな話をしている。
「ザナ、少しいい?」
「え、な、なに?」
フジタカの活躍に目を向けもしない二人の話はしばらく続いていたが、急にルビーが歩を緩めて私と並び立つ。チコは構わずずんずんと先へ進んでいった。早く帰って報告したいんだろうな。
「さっきのビアヘロ……もういないんだよね?」
「うん、フジタカが消してくれたから」
簡単に言うけど、トーロ程に強いインヴィタドだってそうそう確保できてないのが現状だ。スライムやちょっとした妖精では到底倒し切れる相手ではなかったな、と思ってしまう。ジャルくらいのビアヘロとばかり戦わせられるのが召喚士の宿命になるんだろうけど。
「ザナはどうして戦わなかったの?どうしてインヴィタドに命令しなかったの?」
「えっ……」
「………」
「………」
きょとん、とした目で私を真っ直ぐに見てルビーは言った。レブとフジタカは何も言わない。
「だって、召喚したのはザナでしょ?言う事を聞くのが当たり前なのに……さっきは何かあったら対処する、って言ったのを受け入れてたよね?戦わせたがっていたじゃん」
「それは……」
強い口調ではないがルビーの口調には棘が含まれていた。自分の正しい考えに私は反している、と言いたそうにしている。
「私は犬ころだけで事足りると知っていたから動かなかっただけだ」
「……ほら」
レブの言いたい事も分かってる。……たぶん、チコを見て何か思うところがあるからわざとフジタカ一人にやらせたんだ。
それをルビーは納得していない。私とレブの関係を知らないから、そして自分が教育されてきたインヴィタドとは明らかに違うから知識との差を埋められないんだ。レブが専属契約しているインヴィタドとは特に言っていないから……知ったら余計に違和感を訴えそう。
「もしかして魔法が強力過ぎるから……とか?」
「うーん……」
間違ってもいないけど、どう言うのが正しいのかな。魔法を使わなくても今のレブでもジャルには勝てそうだし。そうだよ、と肯定するのもレブに悪い。自分でも魔力の燃費を気にしてくれていたのだから。
「………」
でも、本当は別にあったんだ。
「レブの考えと私の考えてた事が一緒だったってだけだよ」
「……そうなんだ」
「フジタカならチコを守れる。レブだったら、もしジャルがこっちに来ても私とルビーを一緒に守れるとは思った。だからレブの意見を取り入れたんだよ」
取り入れた、って決定権を握ってるつもりはない。でもルビーの表現を納得できる形で取り入れるならこういう事、なのかな。




