気持ちと力と立場。
「インヴィタドって客人って意味なのに、椅子に寝かせるのも変かな」
ふるふるとレブは首を横に振った。
「床よりは寝心地も良い」
「いつも床だもんね……。お金溜めてレブ用の寝床買おうか?」
いや、と再度レブは首を横に振る。
「それでブドウを減らされては私が堪らん」
酒浸りのおじさんみたいな事を言わないでよ。だからフジタカにも……。
「おぉーい、ザナぁー」
「あれ」
家の外から聞こえてきたのは頭の中に思い描いていた人物。すぐにレブから離れて扉を開けてやると、フジタカが肩を揺らして立っていた。毛皮が暗い橙の夕陽を反射している。
「どうかしたの……?」
「チコの家でビアヘロの話をしようってさ。ルビーさんは先に行ってる」
聞こえていたレブも玄関へと歩いてきた。
「チコは?」
「家にいる。両親と話してるぞ」
ビアヘロの話を先に聞いてたのかな。掃除も終わったところだったし、手は空いている。
「行こっか」
「忙しないな」
何もする事がないよりは良いよ。まして、その為に集まってるんだから。私とレブはフジタカと一緒にチコの家へと向かう。久し振りだなぁ、チコの家に入るの。
セルヴァは山の中腹に位置するでもないのに坂道が多い。チコの家はその中でも特に上がった先の数件の一つだった。なんでも、セルヴァに古くから住んでいた家柄から高い土地を所有し、後から移住してきた人達は少し下った森を伐採して家を建てたそうだ。私の住んでいる家は下とも上とも言えない。強いて言えば真ん中より少し下って外れの方に建っていた。
「遅ぇぞ、フジタカ!」
「そう怒るなよ」
家の扉を開けると玄関前で腕を組んで立っていたチコが怒鳴る。フジタカは苦笑して私達を中に入れてくれた。
「ごめんチコ。私達が……」
「お前達はいいんだよ」
扉を乱暴に閉めてチコが広間へ通してくれる。ルビーが長椅子の隣を勧めてくれるからそこに移動する。既に人は集まり終えている様だった。
「ザナちゃん久し振り。元気そうね」
「はい。ミレイアさんも、クレトさんもお変わりなく」
「うん。やっと安心した」
最初に声を掛けてくれたのがチコのお母さん、ミレイアさん。そしてホッとする様な笑顔を見せてくれたのがチコのお父さんのクレトさん。二人の金髪は子のチコにもしっかりと受け継がれている。鼻筋なんかはチコとミレイアさんはそっくりだ。
「ご無沙汰しています」
「いや。よくぞ来てくれた」
最後に私は杖の柄をしっかりと握って座っていたビト長老に頭を下げる。頭髪は厚みがあっても見事なまでに白髪に染まっている。前はまだ黒髪も混じっていたけど、最後に会ったのも随分前だし。
長老は召喚士選定試験の悪天候や私達の見送りにも顔を出さないくらいには家に閉じこもっている。大抵次期長老と言われている息子のエクトルさんがこういう時は出てくると思ってた。直々に長老が出てきたという事はそれだけ重大なのかも。
「全員揃ったな」
私とチコが座ってビト長老が皆を見回す。レブとフジタカは私達のすぐ後ろに立っていた。
「トロノから遣わされた召喚士が、このセルヴァより夢を抱き羽ばたいた若者達だった。本来なら、それどころではないが再会を祝したい。感謝する」
「………」
「………」
「あ……」
チコも私も何も言わずに長老の言葉を噛み締める。ルビーも何か言い掛けだが、場の空気に合わせて口をつぐむ。
「君達は我らの宝であった。だが、今回セルヴァに遣わされたのは相応の理由があろう」
私達は離れてもセルヴァの子ども達。今もそう言ってもらえるのは誇らしかった。
ブラス所長が私達に命令した理由。適材適所かどうかは馬車の中でも話していた事だ。納得のいく説明を求めても延々はぐらかされる。それは私達の力がまだ発言に伴っていないから。無理に聞き出す力も関係も築けていないから。
……冷静に見通す力はいつの間にか身に着いたかも。
「一人前の召喚士になった三人の力で、この村を助けてほしい。これは、その報酬だ」
ビト長老が少し小さめの麻袋をドン、と置いた。お金の詰まった物だとはすぐに分かる。私達だけで処理した任務だってあるんだもの。
「相手のビアヘロは二本角の山羊の様な見た目をしているのが一体。数は一体だが……実際に怪我人や作物の被害が出ている。……退治して頂けないだろうか」
チコは袋の中身を確認して頷いた。
「確かに。その依頼、俺達トロノ支所の召喚士が引き受けた」
これは生まれ育ったセルヴァの為でもあり、一人の力を持つ召喚士としての役目でもある。力強いチコの返事に周りの大人達の緊迫した表情が緩んだ。




