哀楽。
「止まれ」
私が二人を見ていると急にレブが声を発した。そこでフジタカも呻く。
「聞こえる……」
フジタカの表情が強張り、レブとティラドルさんも黙ってしまう。
「お、おい……」
「黙れ」
状況が分からないチコが口を開きかけたが、ティラドルさんの一睨みで止められる。
待って数秒、フジタカが口を開いた。
「何かの、笑い声。あと……子ども達の泣き声」
子ども達と聞いて私は震え上がった。ソニアさんの表情が険しくなる。
「子ども……どうして?」
「そこまでは知らん。……雑音も多いしな」
忌々し気にレブが空の鳥を睨む。私達は胸騒ぎをどうにか押さえて森へと急ぎ足で踏み入れた。
中へ入ると不思議なもので辺りに物音は聞こえなくなる。木漏れ日と鳥の影が風でざわざわ揺れ動き、警戒を強める私達の集中力を容赦なく削いだ。
けれど聞こえてくるのは二つだけ。下品な笑い声と、怯え泣く子ども達の悲鳴。距離が掴めてきた辺りで私達は一気に駆け出した。
「あそこだ……!」
森の先に少し開けた場所があった。そこで私達はビアヘロが子どもを取り囲んでいる様を見ていた。
ソニアさんがインペットと呼んで説明してくれた特徴そのままのビアヘロが三匹。羽は生えているが今は飛んでいない。一か所に集まり泣いている子ども達五人を見てずっと笑っている。
「キーキキキキ!」
「ゲヘ、ゲハハハハハ!」
「ひっ……!う、うわぁぁぁぁぁ!」
自分達を見て泣き叫ぶ子ども達が可笑しくて堪らないんだ、ビアヘロは。近寄って両手を上げるだけで黒髪の子は叫び出す。……今のところ、怪我らしい怪我をしている子はいない。
「どうする……?」
「この位置じゃ、石を投げても子どもに当たるぞ」
魔力で世界に居るくらいの存在だ、この場で魔法なんて使おうとすればたちまち魔力の高まりで勘付かれる。
「あっ……!」
しまった。小声で言ったつもりだったがエルフの女の子がその長い耳で私達の声を聞き付ける。目線がこちらを向いて、彼女の頬に涙が伝った。
「助けてぇぇぇぇぇぇ!おねがぁぁぁい!」
悲痛な叫びにインペット達がこちらを向く。静かにして、とお願いする間もなく相手に気付かれた。こうなれば、と全員が広場に飛び出す。
「キィィィィィィ!」
「ギャアァァァァ!」
「グゥゥゥゥゥゥ!」
三匹共に違う声で鳴き、威嚇すると共に羽を広げて飛んだ。そのまま逃げ出してくれれば良かったけど、事態は最悪の方向に転がってしまう。
「いやぁぁぁ!」
「あ、が……!」
「痛い!放せ!」
血の気が引く思いだった。インペットは子ども達を盾にして対峙する。私はもちろん、レブやティラドルさんも舌打ちして動きを止めた。
「うわぁぁぁぁん!」
「助けてぇぇぇ!」
「……こっち!」
迷ったけど、私が叫ぶと盾代わりにされずに済んだ子ども二人はこちらへ無我夢中で走って来た。ソニアさんが抱き締めると二人は倒れて力無く泣き出してしまう。
「無事で良かった……」
心からの一言だっただろうけど、レブはすぐにまだだ、と言った。私も同意見だ。
まだ小悪魔達はからかって遊んでいる段階だった。それが、私達が出てきた事で一気に警戒を強めて今は子どもを盾にしている。
二匹のビアヘロは子どもの手首を掴んでいるだけだ。しかし、一番私達に距離が近いインペットはあろうことか、子どもの口に指を突っ込んでいた。その指からは鋭い爪も生えており、少し動けば容易く喉に突き刺さり、振るえば口を裂くことだろう。
「っか、かは……!」
「動くな!余計危ない!お前達もだぞ!」
喋れずにつー、と涙と涎を垂らして少年が私達へ助けてと手を伸ばす。フジタカが怒鳴り他の子も抵抗の動きは止まった。でも事態は一刻を争う。
考えろ。レブなら、数秒で全滅させられる。だけどそれは全員を助けられないかもしれない。魔法を使ったら一緒にあの子達も感電させちゃう。……ティラドルさんでも同じだ。
まして、インペット達はレブとティラドルさんだけを見ていた。二人が竜人、もしくはこの中で一番危険だと気付いている。だったら今、戦えるのは……。
「………」
私が視線を彼に向けると、フジタカは頷いて、一歩前へ踏み込む。当然、急に動いた彼を見てインペット達は目線をフジタカへ向けた。
「………ほらよ」
そしてフジタカは鞘毎、剣を放り捨てる。次の行動に、場に居た全員が目を丸くした。




