全部、戦舞。
第二十二章
ブドウを一粒一粒容器に移し、潰し、漉す。絞った果汁を瓶に移し替えて、あとは適温の冷暗所に保管して発酵するのを待つだけ。一段落したら上澄みを取り除く。
フジタカは酒税に引っ掛からないのか?と言っていた。どうやら彼の住んでいた世界の多くの国では酒造には特定の資格と許可が必要だったそうだ。確かに技術は必要だし、売り場を確保して販売するとなれば納める物はあるだろう。しかし、個人で酒を造り個人的な範囲で楽しむ分には私達は何も言われない。むしろ家庭の味がそれぞれにあったりもするし。
税金がどうたら、なんて話よりも問題は……匂いだった。作業を終えた私とフジタカは不自然な時間に入浴してしまう。何故なら、レブに悟られないためだ。
「なんで内緒にすんだよ?喜ぶだろうに」
「うーん……」
荷物運びや作業を手伝ってもらったフジタカに黙っているのは気が引ける。でも……。
「やっぱあれか?いざって言う時に言う事を聞かせる為の切り札にとか」
「違うよ」
……ティラドルさんにも聞いてみたんだよね、レブってお酒飲むんですよね?って。
勿論!樽から浴びる程度には飲みます!そして、酔ったアラサーテ様の繰り出す裸踊り!あの舞で欲情しない生物などおりませぬ!
……なんて回答が返ってきた。それでも迷って私は約束通りにブドウ酒を作っている。準備は完了、あとは様子を見ておくだけ。
「初めてだけど上手くできたかな……」
「俺もハタチ過ぎてれば味見できるんだけどな」
言って、フジタカは入浴後のリンゴをかじる。先週、ルナおばさんから預かったリンゴを渡したらすぐにチコへ小遣いをねだって買いに走ったのだった。リンゴしか食べないわけじゃないけど何度か通ったみたいで、果物屋の常連は増えたのかも。ついでに言うとあのフジタカが買った果物!なんて売り文句もたまに使っているそうだ。
「おい、ザナ!フジタカ!」
トロノ支所内をチコが私達を見付け小走りでやって来る。
「どうしたんだよ」
「探したんだぞ!どこ行ってたんだ!ビアヘロが出たってのによ!」
……と、言われたのが三日前。私達はビアヘロ退治に向かって馬車に揺られていた。
「帰郷がこんな事になるなんて……嫌だよ」
「大丈夫だってルビー」
私の前に座る短い茶髪のお姉さん。一緒に召喚士選定試験を受けて合格した幼馴染のルビーだった。今回のビアヘロ退治の任務に当たる召喚士は私とチコ、そしてルビーの三人。私達はビアヘロが出現した場所の近くの村、セルヴァに向かっていた。
彼女の言う様に、私達は召喚士になってからは一度もセルヴァに帰っていなかった。そんな時間がなかったというのが正直なところだが、手紙一つも送っていなかったのは言い逃れできない。ヒルやエマはどうだったのかな。
「……ま、俺は納得してないけどな」
「どういう事だよ、チコ」
ルビーを励ましてから、自分の頭の後ろで手を組んでチコは背もたれに身を預ける。フジタカからの質問に目を細めて、一息吐いた。
「考えてもみろよ。俺達は契約者の任は分不相応って言われたんだぞ。なのにビアヘロ退治にはこうして送り出される。……あの所長、何なんだっつの」
今回の任務はセルヴァ周辺の森に現れたビアヘロの退治に私とチコが指名された。そこに研修としてルビーが同行する事も条件に課されている。ルビーからすれば本当に初めてのビアヘロ戦になるらしかった。
「危険な事には変わりないのにね」
私が言うと隣に座るレブの尻尾が私の腰を撫でた。……ちゃんと守ってくれると思ってるよ。
「だけどルビーに何か手助けしてもらうまでもない。なぁ?」
「任せろよ。……一撃で終わらせるから」
チコとフジタカを見るルビーの目は輝いていた。
「やっぱり凄いなぁチコは。インヴィタドとしっかり主従関係を結べてるんだもん」
「えっ……」
「まぁな!」
少し言い方に引っ掛かりを感じたけど、チコが胸を張る。
「特待生……流石だね。ザナはどうなの?」
「私……?」
昔は二つ年上だから、と私達を引っ張ってくれていたルビーが今度は私達を頼ってくれている。その目線にどう返そうか迷っているとレブの横顔が視界に入った。
「レブとは、上手くやってるよ」
「………」
「噂は聞くんだけど……気難しくない?」
難しい。とっても。でも、ここで口に出すともっと難しくなるから言わないんだ。だから、上手くやってるとだけ言っておく。それなら嘘にはならないし。分かっているのかレブも何も言わずに外を眺めている。




