新鮮味を感じない竜人。
「あの……」
しばらく動かなくなってしまったレブに触る事もできずに私はおずおずと声を掛ける。
「……効いたぞ」
「どう効いたの……」
やっと腕を下ろしたレブの返答に私は更に疑念が募った。呼吸を乱すレブを見るってそうそう無いし。
「あ、お詫びに尻尾も磨くよ。付け根とか届か……」
言いかけてレブの首が動き、目を大きく見開く。
「そこは……!い……いや、貴様がそうしたいと言うのなら……」
なんかもごもご言ってるけど好きにしていいのかな。だったらついでに磨いとくよ。
尻尾を持ち上げたところで廊下が騒がしくなる。人の声ではない、足音だ。レブも聞こえたのか舌打ちして部屋の扉を見やる。
「アラサーテ様ぁぁぁぁぁぁぁあ!失礼しまぁぁぁ………あ?」
私達の部屋の前で足音が止まった。直後に扉が盛大に開け放たれる。開けたのはこれまた緑の鱗が輝かしい竜人。
「ティラドルさん……!?」
「あ、お嬢……様」
大声で部屋を開けて挨拶……と、思ったら竜人は私達を見て一歩も動けなくなる。そこにいたのはレブを追ってオリソンティ・エラにやって来たティラドルさんだった。
「………」
「レブ?」
私の腕の中からレブの尻尾がそっと抜け、三歩だけレブがティラドルさんに向かって歩く。ティラドルさんが短くひ、と声を上げた。
「ふんぬぅ!」
「ぐはぁぁぁぁ!」
レブが翼を広げ横へ飛び、壁を蹴って旋回。遠心力も加わった尻尾の殴打がティラドルさんの頬に直撃した。壁に叩き付けられてずるずると立派な服を着た竜人が早々に沈む。
「も、申し訳ありません!ですが、この痛みも含め懐かしゅうございます!よくお戻りくださいました!」
「決してお前の為ではない」
冷たく見下ろすレブに頬を腫らせて倒れたままでも笑顔のティラドルさん。音を聞き付けやって来たのはフジタカだった。
「ドタバタうっさいと思ったら……何してんの?」
「自分を雑巾に見立てて部屋の掃除をしに来たそうだ」
無理があるってば。
「アラサーテ様……よもやお嬢様とそこまで関係が進展していたとは思いませんでしたぞ。これは不肖ながらこのティラドル、お祝いに……」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
フジタカの前だからか立ち上がったティラドルさんが話を進める。しかし私が話に追い付けずに止めてしまう。……前もこんな事あったな。
「どうしたんだよ、だから」
こういう時、フジタカの様に中立で話を聞いてくれる人はありがたい。
「私がレブの鱗を磨いてたの。それで、尻尾を磨こうとしたらティラドルさんが来て、レブが叩いて……」
「え……。磨くって……尻尾、握ったの?」
フジタカの顔色が明らかに変わる。
「う、うん……。だって、付け根とか自分じゃ磨けないかな、って……」
「……うわぁ……」
レブがフジタカの目線を避けて顔を背ける。その反応、妙に効果あるみたいだけど意味が分からない。
「ねぇ!私、磨いてはいないんだよ!ちょっと持ち上げただけ!」
「そこにティラがやって来た」
背を向けるレブにティラドルさんは跪いて額が床に接地するまで深々と頭を下げる。
「……なんとお詫び申し上げれば良いか」
「部屋に来ただけなのにどうしてそんなに……」
……いや、聞くだけじゃダメだ。推理しないと。
「まさか……見られたくなかったの、レブ?」
「尻尾の意味も理解しているか」
四足歩行の動物とか鳥にあって、体勢を整える役割を持ってるお尻から生えた……あれ、お尻?
「お尻の延長線とも言うべき尻尾を触られる、って危険なの?」
「危険と言いますか……」
頭を下げたままのティラドルさんを見かねて私はレブを肘でつつく。
「顔を上げろ」
「はっ!あぁ、やはりお美しい……!」
ティラドルさん、しばらくレブに会えなくて欲求不満だったのかな……。気が滅入っていたのもお構いなく踏み込んでくる。
「ティラ。お前の様な存在を人は“けぇわぃ”と言うそうだ」
「流石はアラサーテ様……造詣が深い!」
「うーん……」
堂々と言うレブに目を爛々と輝かせるティラドルさん。それを横目で見て唸るフジタカという構図。まだレブに余計な事を教えたんだ。
「否定はできないかな、今回は」
フジタカも言って肩を落とす。意味は知らないけどあまり良くない言葉みたい。レブとは口喧嘩が絶えないのに、いつ普通に喋ってるのかな。
「……あれ、フジタカもお風呂入ったの?」
フジタカの恰好が変わっていた。鎧を脱いだだけかと思ったが、着ている上着がやけに白い。そして何より、フジタカからも石鹸の香りが漂っていた。




