トロノへの帰還。
第二十一章
トロノを離れて一年も経っていないのに、戻ってきて広がる既視感に心が落ち着いた。もう出発したのが随分前の様に感じる。
道を行き交う人々は知り合いではないけど、何度か見た事がある人も混じっていた。本当に帰ってこれたんだ……。
「お疲れ様。あとは……」
「あらぁ!」
カルディナさんも町に入ってやっと一息吐いた。召喚士育成機関トロノ支所までもう少しで帰れる。
その矢先、歩いていると道の角から大きな声が聞こえた。ふと、聞き覚えがあると思って見ると相手はこちらに屈託ない笑みを向けている。
「ルナおばさん!」
「ザナちゃん!ザナちゃんじゃない!」
小走りでやって来たのはトロノの果物屋を営んでいたルナおばさんだった。無防備に抱き着かれて私は身を固くする。
「いつ戻って来たの!?言ってよぉ!」
「た、たった今なんです。だから私達、ちょっと……」
「あらほんと!汗臭い!」
鼻を摘まむフリをしてルナおばさんが離れる。……臭いのは認めるけど少し切ないよね。
「レブちゃぁぁぁん!会いたかった!」
「健勝の様だな」
ルナおばさんの抱擁を、抱き返さないがレブは受け入れ成すがままにさせている。レブも会いたかった、って言えば良いのに。
「この素っ気なさ!変わってなくて安心!」
「ザナさん、こちらの方は……?」
置いてきぼりのカルディナさん達に私が向き直る。その背後で今度はフジタカがルナおばさんに抱き着かれていた。
「トロノで果物屋さんをやってるルナおばさんです。私とレブはよくブドウを買いに行っていて……」
「英雄フジタカのご帰還ね!お久し振り!」
「うっ……」
紹介している背後でフジタカの短い声が聞こえてしまった。抱き締められるのが嫌で呻いたとは違う。……自分に向けられた言葉に反応してしまったんだ。
「うーん、ちょっとケモノ臭いわね。これは本当に今着いたばっかりじゃない。……あら、どうかした?」
「……いえ」
フジタカの態度が少し変わってしまった事に気付いたのかルナおばさんも表情が曇る。
「長旅だったのね……。ザナちゃん、元気だった?」
「あ……」
こんな風に声を掛けてくれる人がいてくれる。私達が置かれていた状況を知らないから出る言葉でも、酷く胸が温かくなってきた。
「……はい、レブのおかげで」
「相変わらず仲良しみたいでおばさん、安心したわ。今日はゆっくり休んで、明日にでもまたおいで」
ルナおばさんの厚意に力が抜けそうになる。でも、まだ最後の仕上げが残っている。頼りにするのはそれからだ。
「ありがとうございます。……今日はお休みなんですか?」
「今日は個人的な買い出しで早めに店じまいしたのさ。でも、明日はちゃーんと朝からやってるからね」
「必ず行こう」
レブが勝手に返事をしたけどもういいや。……きっと今日、ルナおばさんに会えなくても行ったと思うから。
「英雄……そんなんじゃ、ないのに」
ルナおばさんの背中を見送る一方、フジタカの消え入りそうな呟きが聞こえた。
歩いていて気付いた事がある。それは、エルフの姿を見る機会が無かった事だ。それは以前のトロノとは明らかに違う光景だった。前は……アルパが破壊される前はエルフも平然と歩いていたのに、今はいない。ほとんどが人間で、たまに遠くにインヴィタドらしき獣人が見えただけ。今、アルパの復興はどうなっているのだろう。
トロノ支所の扉を開けて一歩。建物の匂いも変わっていなくて私は胸を撫で下ろす。言ってもまだ二か月とそこら。そこまで変わる訳もないんだけど。
「さぁ、報告に行きましょうか。貴方達は来る?」
廊下を歩きながらカルディナさんが私とチコ……の向こう、レブとフジタカ、そしてトーロの方を見た。
「気は進まないがな」
「俺が行かないと」
「話すなら俺もいた方が早い。そうだろう、カルディナ」
皆してあまり会いたくない様だったけど、事情が事情だ。この場に居る誰か一人でも欠ければフェルトで起きた事件の話の全貌は理解してもらえない。
「失礼します!」
インヴィタド達の返事を待ってからカルディナさんは歩き出し、所長室の扉を開ける。中にいた男性は私達を見るや、目を大きく見開いた。
「おぉ、戻ってきたね」
低い声を掠らせて、ブラス所長は私達に笑顔を見せた。
「そして、随分と大所帯だこと。座る?」
「………」
いつもと変わらないブラス所長に私達はどう反応すれば良いのだろう。そう、何も知らないブラス所長に私はどんな顔をして向き合えば良いのか、この場に立って分からなくなってしまった。




