エスパダ・イ・ラーグリマ
「君さ、勝ち目が無い戦いに挑むって死にたがりなの?」
「うるっせぇっ!」
フジタカがナイフを取り出し、金属輪を鎧の腰当てで赤へと回す。
「何をする気、フジタカ!」
人間相手にナイフを使おうとしている?でも、あの力を人に使ってももしかしたらフジタカの意思次第では消す事もできない。……色を変えたのも、意味はある筈。この土壇場で何かするつもりなんだ。
「……レブ!もっと!まだ本気じゃないでしょう!」
「………」
インペット相手に苦戦しているのも分かる。相手にしながらも、私の負担を気遣ってくれているのも知ってる!だけど、これ以上は待てない!ココだって……ココだって間に合わなかった!このままじゃフジタカだって……!
「お願いレブ!……一掃して!今、すぐに!」
「……とっておきだ。踏ん張ってもらうぞ」
レブはもう私の顔から背を向けた。背中から生えた翼を広げると、数度羽ばたかせ体を浮かせた。
「………っ」
覚悟はできてる。あとは……。
「あれ?」
ライさんの姿が、無い。探そうと思った矢先に空が暗くなる。
「なんだい、コレ?」
「うっ……!」
ベルトランが空を見上げてから、私の胸が一気に締め付けられた。立っていられなくなるくらいの痛みに視界が狭まる。しかしレブの姿が変わる事はない。他の方法を使う気なんだ。
「……やれ」
インペット達が次々にレブへ向かう。レブは体当たりを受け、魔法の火を浴びせられても構わずに暗い空、天高くへと上昇していった。
「ここまで来れば十分か」
夜が来たのではない。分厚い雲が私達の天上だけを覆っている。少し離れた先では雲がぽっかりと消えていたから気が付けた。
終いにはレブの姿が弓矢では届かないくらいに遠く、高くへ小さく見える。インペット達ですらあの高さへは魔法で攻撃するしかない。
「遠慮はしないぞ」
風が吹き荒び、インペット達の声も喧しいのに私にはレブの声が聞こえた。気のせいかもしれないが、私は頷く。すぐに黒い雲から稲光が走った。
「雷よ……」
「この場に居る悪魔共を!」
「薙ぎ払って!」
祈る様な思いで胸を押さえて念じる。瞬刻、視界は光に包まれた。
「くうぅぅぅ……!」
鳴りやまぬ轟きと同時に燃え上がる塊が幾つも降ってくる。それは悲鳴を上げ、抵抗する事も出来ずに絶命したインペット達の成れの果てだった。既に這う様に倒れていた私は意識を失わない様にしているだけ。必死に胸を掴みながらベルトランへ向き直る。
「……予想以上だな」
当たり前だよ。私のインヴィタドは……レブは、手から雷撃を放つ魔法しか使えないわけじゃない。任意の場所へ狙った相手に雷を落とす事もできる。天候を変えてしまうなんて大魔法とは思っていなかったけど、見るのは初めてでもない。
……召喚した時に使っていたのは自分の力を私に見せてくれてたのかな、なんて。こんなに凄いとは知らなかった。でも驚きはしないよ。
「レっ……」
「静かにしろ」
レブは私の元に下り立ち、肩を貸して起こしてくれる。でも、フジタカの加勢に……。
「決着はすぐに見られる。そうだろう?」
言ってレブはチラ、とこちらへ目線を向けて、フジタカ達へと戻す。
「横槍を入れない?疲れちゃったみたいだね、あの竜人」
「………」
フジタカはもう前だけ向いている。それこそ、狙いを定めた獲物を見ている様だった。
「もうそんなに戦いたくないんだけどなぁ。仕方ないか」
「おらぁぁぁぁ!」
先に走り出したのはフジタカ。ベルトランも渋々剣を構え直して迎え撃つ。
「よっと」
「うおっ……おぉぉぉ!」
初撃のナイフを躱し、次手の剣は流された。背中を押され前につんのめるが何とか踏み止まり、フジタカは剣を大きく横に振る。ベルトランは風の魔法も加えた跳躍で距離を取った。
「そこだ……!」
「えっ?」
すぐ近く、後ろから声がした。
「来い、やぁぁぁぁ!」
「チコ!?」
チコが倒れたままで叫ぶ。するとどうだろう晴れかかった天気を裂く様に、小さな光がパッと生じた。
「なにっ!」
ベルトランの声がして、再び彼を見ると足にスライムが絡み付いていた。どこから、と考えて彼の足元にチコのローブが落ちていたのが目に入る。
あのローブに召喚陣を描いていたんだ、今度は紙より丈夫な様にと。
「このっ!」
しかしベルトランが的確に細剣でスライムの核を突く。すぐにスライムは固形を維持できなくなり、粘度の高い水溜りと化す。自分のインヴィタドを倒されたのに、チコは静かに喉を鳴らす。
「ひひっ……それでも十分だ、アイツにはな……!」
「おぉぉぉぉぉぉ!」
フジタカが即座に距離を詰めていた。スライムに構っていた間だけでも、隙ははっきりと彼には見えていただろう。
「僕にはそん……っ」
逆手に持ち替えたフジタカのナイフが細剣とぶつかる。すると、ベルトランの右肩から先が消えた。絵面に反して血は一滴も流れない。
「な、に……ぃぃぃぃぃっ!」
ナイフをフジタカが放り、片手に持っていた剣を両手で持って肩に溜める。しかしベルトランは自分の剣と腕が消えた事に気を取られた。
「ふぅぬぅぅぅ!」
「か………っはぁ!」
突き出された剣がベルトランの胸を貫いた。口から散った血液がフジタカの涙に濡れた顔にも付着する。




