獲物が別ならば。
「うふ、うふふふふふ!」
人の胸に細剣を突き刺した青年が高らかに笑う。
「お前ェェ!」
真っ先に駆け付けたのはチコだった。振り下ろした剣をベルトランは簡単に避け、ブーツの爪先をチコの腹に埋める。
「止めなよ。成り損ないの半端者」
「ぐぁっ!」
剣を蹴飛ばし、倒れたチコは腹を押さえて動けない。私が行く前にトーロとレブも来てくれる。
「チコを頼む!」
「よかろう」
トーロに応え、レブは動けないチコをこちらに放ってくれた。ローブが脱げてレブの足元に転がり、着地もできず背中を打ったが腹の方が一大事。チコは脂汗を滴らせて呻いている。
「チコ!チコ!」
「うっ……ぐ……」
チコは私の顔を見ているけど何も言えない。そうしている間にもインペットはまだまだ出てくる。ライさんもフジタカも、サラマンデルの火に近付けず、こちらに向かう余裕はなさそうだった。
「ぬぅぅぅん!」
「筋肉だけが力じゃないんだ……よっ」
トーロが振り下ろした斧が外れる。地面を大きく凹ませた一撃も、当たらなければ意味はない。しかし隙を見せてしまったトーロにベルトランは剣を向けなかった。
「ふふっ」
代わりに微笑んでトーロの肩に手を置く。すぐに一言。
「風よ」
ベルトランの宣言と共に彼の足元に陣が展開する。トーロが異変に気付いた時にはもう、遅い。
「ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁ!」
「トーロ!」
その直後、トーロの全身から血が噴いた。大きく吹き飛び倒れたトーロは痙攣して起き上がれない。体のあちこちに裂傷が瞬く間のうちに刻まれている様だった。
「う……あ……」
「人間でも、インヴィタドとも戦い方はあるんだよ」
トーロを見下ろしてベルトランが歪に笑う。
「………!」
「おっと」
すぐにレブが殴り掛かるとベルトランは大きく後ろに跳んだ。一つ跳んだだけで一息で詰められない距離まで移動した跳躍力は人間のそれでは考えられない。
「どう?僕の魔法!」
トーロを簡単に切り裂いたのも、今レブの攻撃を回避したのも。そしてたぶん……最初にワームが出てから姿を消せていたのも、魔法の仕業。しかもベルトランの足元から陣が展開したと言う事は本人が自力で使ったという事だ。
「魔法も使えて剣も強い!」
「う、うおぉぉぉ!」
フジタカが戻ってきてくれる。剣で斬り掛かってもベルトランは受け流し、ナイフは最低限の動きで躱した。身のこなしは軽く、魔法で跳躍力も強化された相手には傷一つ負わせられない。
「ぐぇっ!」
転んだフジタカはすかさず縄ナイフを投げるが、風が強く吹いてベルトランには届かない。
「そして召喚魔法も得意!」
周囲が再び輝き出す。召喚陣の位置が分かるとレブとライさん、カルディナさんは手近にあった召喚陣の描かれた布を引き裂いた。
「ちっ。……まぁ、十分呼び出したからいいか。ふふっ……。ねぇ竜人」
「………」
ベルトランは楽しそうにレブを見た。
「君は殺せなくても、他の連中なら、どうかな?」
すぐにサロモンさんとトーロの止血をしたいのに誰も駆け付けられない。チコも動けず、フジタカやライさんの攻撃も当たらない。これだけの事を……インヴィタドではなくベルトランが一人でやった。ゴーレムやサラマンデル、ウニコルニオも全部囮にだけして。
「キィィィ!」
「えっ!?」
アマドルとレジェスの弓矢もいなしながらインペット、そしてベルトランの相手をしなければならない。どうしたらいいか考える間も与えずに一匹のインペットが私とチコに向かってきた。
「ザナさん!」
カルディナさんが私を呼ぶ。だけどこの位置ではレブも、他の誰も間に合わない。
「くっ……!」
「キュゥゥゥゥッ!」
だったら私がやるしかない。飛び掛かって来たインペットの腕を立ち上がって咄嗟に掴む。見た目は細く華奢でも凄い力だった。
「雷よ!焼けぇ!」
足元に魔法陣が展開する。展開と言うよりも、一瞬パッと光っただけ。
「ギャァァァァァ!」
「う、ううっ……!」
その短い間でも確かに私の魔法は発動した。両手から雷撃が放出され、掴んでいた小悪魔の体に走る。目の前で悲鳴を上げ、耳が痛んだがインペットは白目を剥いて動かなくなった。
「ひっ!」
「………へぇ」
咄嗟にインペットを放る。だけどベルトランがこちらを見ている事に気付いてなるべく気丈に振る舞う。動じていない様に相手を睨むが、胸は痛い。
「君も魔法が使えるんだぁ?凄いじゃない」
「………」
私が魔法を使える、なんて知っているのはトロノの召喚士だけ。アマドルとレジェスに見られていたかは分からないけど、今の口振りからして初めて知ったみたい。
本当は雷撃で黒焦げにするつもりで魔法を使った。しかし実際インペットの見た目は変わっていない。痺れさせて感電死させただけ。……死んだかも確かめずに投げたから、本当は分からなかった。また起きて襲ってこないとも限らない。




