察した時にはもう遅い。
汗を惜しみなく滴らせて、彼女が持っていた封筒には既に汗染みが広がっていた。揺れる胸の谷間に滑り落ちる滴は陽射しの照り返しで輝いている。
「抱えて飛べば良かったのに」
私の提案に真っ赤だったソニアさんの顔はもっと髪に近い色まで赤くなった。
「そ、そんな……もう!ザナ、怒るわよ!ティラドル様が私をなんて……きゃー!」
息も絶え絶えだったのに元気だなぁ。鍛え方が違うのかな、やっぱり。
「用件を言え。お前と雑談する気分ではないぞ」
レブのティラドルさんへの風当たりももう少し柔らかくならないのかな……。その都度指摘はして、少しは考えるんだけど対面すると口が勝手に動くんだって。
「……封筒を」
言うと、ソニアさんは私に封筒を渡してくれた。受け取り開いて中を読むと、数行読んで私は顔を上げた。
「これ……ビアヘロ!?」
ティラドルさんが頷き、チコも私の持っていた書類を急いで覗き込む。ソニアさんは呼吸を整えていた。
ビアヘロが出現した。しかもトロノで今朝の話だ。被害者も既に出ている。
「被害内容は食料の窃盗、および魔法の火球での襲撃。三人が火傷、いずれも対処が早く重症には至っておりません」
ティラドルさんが書類に書いていた内容を改めて諳んじる。話は数時間前の事らしい。
「目撃情報から種族の特定もできております。名は……」
「インペット、小悪魔の類よ。黒くて背中の羽で飛び回っているわ。鼻が高くて毛の類は生えていない。大きさは聞いた話だとアラサーテ様程度。だけど元々はもう少し小さ目が多いの。それがちょろちょろ飛んで下級の魔法を使ってくるから厄介で目障りなのよね。住処は森の中に作るのが通例。だからトロノの中よりも森へ探索場所を移した方が賢明だと思うわ。それから対……」
「ええい、やかましい!」
早口で情報を一気に羅列するソニアさんに耐えかねてティラドルさんが怒鳴った。そこでようやくソニアさんも声に肩を跳ねさせて止まる。因みに、ソニアさんもティラドルさんに教育されたのかレブの事を同じ様にアラサーテ様と呼ぶ様になっていた。
「ひ……!申し訳ありません!ですが……」
「知識をひけらかす時間ではない。要点は森の中への探索、発見次第討伐するために出動命令が下されたことだろう!」
出動命令の部分は初耳だから放っておいたらもうしばらく話が続いていたんだろうな。そう思うけど、私はソニアさんの話は好きだった。自慢げで鼻について嫌だとトーロは話していたけど。
まず、ソニアさんは召喚士の中でも召喚試験士補という追加の肩書を持っている。この名を持つ事で召喚試験士は新たな異世界へ繋ぐ召喚陣を描く実験資格を得られる。正確にはソニアさんは召喚試験士補なので、召喚試験士を補佐する役回り。だからこそ既に確認されているビアヘロを熟知している。
ティラドルさんも最初こそ懐疑的だったけど、段々とソニアさんの知識を認める様になった。今ではビアヘロが現れればソニアさんの受け売りで教えてくれる事もあるくらい。語り出すと止まらないから呆れて抑え込むのも役割になっている。
「そんな書類を俺らに見せたって事は……」
「あぁ。アラサーテ様とお嬢様。そしてチコとフジタカの四名は我らと共に北の森へ向かってもらう。……どうか、ご助力ください」
チコとフジタカに高圧的に言ってからティラドルさんは私とレブに頭を下げた。態度を使い分けるな、とチコは怒っていたけどフジタカは何も言わない。チコも最近はそういうものだと思うようになったらしい。
「休み明け早々かよ……。しかも、相手は攻撃的みたいだな」
フジタカの耳と尾から力が抜けて垂れる。そんな彼の背中をチコは叩いて笑った。
「私だけで行ってもいいぞ。小悪魔如き、粉砕してくれる」
「でも、人手が要るから呼んだんですよね?」
レブの意気込みはありがたいけど、何の考えも無しに私達が声を掛けられたとは思えない。書類を見た限り、前の様に実地訓練とは違うし。
私の質問にソニアさんとティラドルさんは互いに顔を見合わせ、互いに反対を見た。どちらが話し出すかと交互に見ると、先に口が動いたのはティラドルさんだった。
「私も、最初は私だけで事足りると宣言したのです。ですが……」
「貴方達を呼ぶように言ったのはブラス所長なのよ」
ブラス所長と聞いて私は首を傾げる。
「ブラス所長ならさっき……」
言いかけて、私は所長の言葉を思い出す。
君達にはこの後もうひと頑張りしてもらうから。詳しい事は後で聞いてよ。




