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別れの朝。

 「切り替えが遅い……というよりも、無いのだな」

 木刀の片面は何度もぶつかり合って若干削れ凹んでいる。

 「フジタカ君は夜にナイフが使えないんだったな」

 「……はい」

 息を整えてからフジタカは答える。

 「だったら、夜はどうやって戦う?他に任せるわけではなかっただろう?」

 フジタカはいつも懸命に戦っていた。その中には自分よりも大きなビアヘロが何体もいたのに。

 「フジタカは……」

 「いや、待ってくれザナ」

 私が言う前にフジタカが止める。でもライさんはフジタカの経験をアルゴスと戦った時しか……。

 「俺、ビアヘロとは戦ってました。でも、人と……殺し合った事がないんです」

 「……俺が怖かったのか」

 しっかりとフジタカは頷いた。

 「あはは……ライ、顔が怖いもん、ね……」

 「……ココ」

 「ごめん……」

 二人の間に漂う空気を和ませたかったのだろうけど、ココも乗り切れず半端に入ろうとしたから余計にこじれそうになる。私が肩に手を乗せると静かに身を引いた。

 「化物の殺気と、俺の殺気は違ったかな?」

 「はい」

 対峙したフジタカは自分の手を見下ろした。

 「人が人を襲う事は往々にしてある。……今日、まざまざと知ってしまった。切り替えられなかった俺は何度も殺されてる」

 ライさんの手がフジタカの頭に優しく乗った。

 「それを知った君は強くなれる。今日はありがとう」

 「……こちらこそ!」

 最後にもう一度フジタカはライさんと握手をして、表情に明るさを取り戻した。レブは自分も体を動かしたかったみたいだけど、剣を振れないココではとてもついていけない。その日は諦めてもらってフェルト支所へと戻った。

 その翌々日になってようやく私達は出立する事になった。危険を感じたわけではなく、単に準備とフジタカの打撲の治りを待っていただけ。パースさんが癒しの妖精も呼んで代謝を活性化させてくれたので今は完治している。フジタカの治癒を待つ間にライさんは約束通り、私とレブを果物屋に案内してくれた。そこで食べたブドウのみずみずしさと言えば、レブも無言でおかわりを要求してくるくらいだった。

 「な、何から何まで……すみ、すみませんでした」

 フェルトを出る直前、別れ際に見送りに来てくれたのはテルセロ所長とウーゴさん。そしてココとライさんだった。

 「道中、お気をつけて」

 「皆、ありがとう!」

 「今度はもっと強くなっていてくれよ」

 この二日でサロモンさんは夜が来る度に酒を煽っていた。する事が無いから、と言っていたが今日も寝過ごしてフェルト支所から出て来なかったみたい。

 ウーゴさんとも話せたし、ココもこの数日で一気にフェルト支所内に馴染んだ。ライさんはフジタカの成長に期待している様で人一倍、彼を気にしてくれている。

 「それではまた。皆さんもどうか警戒を怠らずに」

 カルディナさんの注意にフェルトの召喚士達も表情を引き締める。あまり戦う事はなくても彼らも間違いなく、ビアヘロや脅威から町の人々を助ける守護者の顔だった。

 「えーっと……カラバサまで行くんだよな?馬車は?」

 「使わん」

 「またかよぉ……」

 チコが馬車の姿を探したけど、トーロの一言に力が抜けて肩を一気に下げた。テルセロ所長達の視線を背中にまだ感じつつ、私達は苦笑して歩き出す。

 「やっぱり別の支所だからって予算が下りなくて。ごめんなさい」

 「こんなに食い物は用意してくれたのに……」

 フェルト支所の裏にある畑で採れた農作物を売って自分達の予算を増やす事はあるらしい。だけど利益は微々たるもので、半分趣味の域。それに家に帰れば自分達の畑も持っているそうだ。

 だから私達に譲ってくれるのはお金ではなく野菜や保存用燻製肉。これはこれで気持ちの込められた貴重な物だった。

 「腹を空かせながら歩く様なひもじい思いはしなくて済む。それで納得しろってか……」

 芋をぽんぽんと軽く投げて浮かせながらチコは愚痴を言うのを止めた。私達も農耕は手伝ってたもんね。

 「南下してカラバサからのコラル。そして……」

 「地獄の船旅を終えればアーンクラだ」

 フジタカが道順を思い返しているとレブが後に続く。船、という単語だけで私とフジタカは自然に目が合った。

 「………」

 「………」

 今度こそ、地獄に行くのかもしれない。そう思っているとチコが再び口を開いた。

 「あ!カラバサからも徒歩ですか?」

 「そうなりそうね……。食料は間に合う、かな。ボルンタに戻ったら馬車賃を経費で後払いにしましょう」

 本当に無茶を推してここまで来たんだ。自分達の状況を一から確認して実感してしまう。

 しかし、その直後に私の耳に嫌な音が入ってきた。

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