帰る前に。
「契約者も人の子だからな」
「また僕を子ども扱いするぅ!」
頬に空気を溜めてわざとらしく膨らませたココにレブは背を向けた。契約者だって私達と同じ人だから仲良くできるって話だと思う。子どもだから受け入れられた、も少しはあるのかな。
「あー……なんだっけ」
そこでライさんが頭と腹を掻く。……身支度する前と後だと人も変わってないかな。今日はお酒飲んだ後だから、というのもあるかも。
「もう!テルセロ所長とサロモンさんが呼んでるんでしょ!やっぱりライはご飯よりも先に顔洗ってきて!」
「うい……」
ライさんも二日酔いなら水を飲むくらいは……。でもどうかなぁ、身体もお酒も強そうに見えるからお酒は平気とか……。
「ごめん皆、そういうわけだからご飯食べたら所長室で!時間は任せるけど僕達は遅れそうだから!」
ココは私達に言うだけ言ってライさんに肩を貸しながら引き返す。ウーゴさんはココに任せてのんびりと食事を始めてしまう。
「私達は行きましょう……」
まだ本調子ではなさそうなカルディナさんが低い、呻く様な声で言った。ぐび、と盛大に喉を鳴らしてカルディナさんは立ち上がる。
「トロノの方々が会いに行けば、こっちに来る気はしていましたが……」
「お前はああいう催しを開かねぇだろ。だから代ったんだ。連中、少しは鬱憤も晴らせてるといいが……」
ココとライさんも集まってから始めた話は昨日の振り返りだった。テルセロ所長も、ウーゴさんやサロモンさんの前でなら普通に話せるみたい。
「久々に来たが変わってねぇな。良くも悪くも、よ」
「所長が変わってからは滅多にいらっしゃらなかったですよね、サロモンさんは」
ウーゴさんも話に入って苦笑する。こんなに気さくなのにフェルト支所とは距離を置いていた、か。
「そんでお前は相変わらず暗い顔してるのな、所長になったってのに」
「好きでこの顔では……」
気にしてそう、そういう指摘。なんて思ってしまうのが暗い顔、って言うのかな。
「もう少し周りを見てくれよ。でも命令するだけじゃダメだ。話も聞いてやれ。自分の研究に夢中になるだけじゃなくてな」
「確かに、サロモンさんはそうでした……」
心当たりがあるのかテルセロ所長は目を伏せ、何かを思い出している様だった。ビアヘロを幾ら知っていても、聞いてくれる人や話せる人が身近に多くいるか。所長に求められるのは知識と合わせたその両方なのかな………。
「ワシが、ってのはいいけどよ。とりあえずワシは少しの間ここに厄介になる……で、いいんだったよな?」
「えぇ。我が家に帰ったと思って寛いでください」
ウーゴさんは気楽に、と言うけどテルセロ所長は顔を青くする。
「じ、自重はしてくださいね?もうお歳ですから」
「誰がジジイだ!」
「そうだ」
レブは静かにして。私が人差し指を口の前に立てるとレブは顔を逸らしてしまう。
「……とと、お客人は俺だけじゃなかったんだもんな。すまねぇ、置いてきぼりにしちまって」
やっとサロモンさんがこちらを向いてくれる。
「おこ、お越し頂いた皆様に関しててですがが……。何か今後の予定、でも?」
「トロノに戻ります」
やっぱり私達には言葉がおかしくなりながらも、カルディナさんはテルセロ所長へきっぱりと言い切った。
「予算もないし、私達も本来ならばロカで一件片付けて終わる予定でした。それが長い旅路になりました……」
誰が悪いではないけど、結果的にここまで来てしまっている。私達の寄り道の規模は大陸を縦断しかねない勢いになっていた。しかし、それは予算も体力も許してはくれない。
テルセロ所長とサロモンさんが目線を交わすと、こちらを見て頷いた。
「それもそうだ。寧ろ、今日までよく付き合ってくれた。そこのココと俺のためだろ?感謝してんよ」
「うん!ありがとう!」
サロモンさんはココと二人で私達に頭を下げる。
「同じ契約者の為ですから」
「うむ」
ニクス様がカルディナさんに合わせて頭を縦に振る。そうだ、契約者を脅かす存在が近くに居なければ安心して旅を続けられるのに……まさか同じ世界の人に異世界の住人をけしかけられるなんて。
「当面、フエンテの存在は伏せるが折を見てフェルト支所の中には伝えておく」
「お願いします」
サロモンさんが言うのと、私達が言うのでは仲良くなっても説得力はやはり違う。本人が見計らってやってくれるのなら、任せるのが一番だ。
「せめて今日ぐらいはゆっくりしてくれや。備品はワシ達でも用意する」




