少年少女は蚊帳の外。
第十九章
フェルトに戻った私達はサロモンさんを先頭にしてすぐ召喚士育成機関へ向かった。所長室を勢い良く開けて一言。
「テルセロ!酒持ってこい!」
その一言でフェルト支所の召喚士の数人が買い出しへ追いやられ、夜になる頃にはフェルト支所の食堂にはあらゆる料理と酒が並べられた。油やタレの匂いにお腹は自然と空いてくる。
「……気を抜いてて良いのかな」
食べたい気持ちの裏にある私の心配を余所に、フェルト支所の人達はサロモンさんの訪問を歓迎している様だった。楽し気に発泡麦酒を飲むのは何もフェルト支所の召喚士だけじゃなくて、カルディナさんやチコ達もだった。
「酒を飲んで嫌な事を忘れる、気持ちを切り替えるってのはあるらしいが……飲む気にはならないよな」
同意してくれたのはフジタカで、グラスに注がれたのは水。私とレブ、そしてココも同様だった。
「麦酒は嫌い?」
「今日は水が飲みたい。そんな気分というだけだ」
隣に座って鶏もも肉の香草焼きに齧り付くレブの答えに私は更に疑問が募る。
「私に合わせなくて良いんだよ」
「その発言を貴様はいずれ後悔する」
謎の断言に私もそれ以上答えを追求はできなかった。飲みたくないと本人も言っているんだし、酒自体は特にカンポでは珍しくもない。飲む機会は他にもある、よね。
「獣人を召喚するまでに要した年月は?」
「丸三年。大地の魔法を操り、会話のできる獣人に絞って研究と鍛錬を続けました」
「なら今のインヴィタドは大地の魔法を?」
カルディナさんはフェルト支所の召喚士の男性二人から交互に質問を受けている。トーロは逆に女性召喚士達と何か話していた。
「っかぁ!やっぱブドウ酒はがぶ飲みに限るわな!」
「サロモンさん……お願いですので、もっとゆっくり味わってくれませんか」
「おめぇも飲んでるだろうが!」
他の人が何を話しているかも気になるのに、ひと際大きな声を上げているのはやはりサロモンさんだ。……あのブドウ酒、レブも飲みたいんじゃないのかなぁ。
サロモンさんとテルセロ所長、元所長と現所長が再会したのは役職の交代からまだ片手で数えられる程度しかないらしい。その二人の足元を私の腰丈くらいになる鳥のインヴィタドが屈んで豆を啄んでいる。
「おら、グラス空いたろ」
「どうも」
サロモンさんが注いだグラスにテルセロ所長が口を付ける。一方的に所長の座を押し付けられた、と聞いたけどそんなに仲は険悪ではないみたいだった。
「ライさんってお酒飲むの?」
「すぐ酔っぱらうんだよ。ほら」
ニクス様もちびちびとお酒を飲む横で、ライさんがゴッキュゴッキュと喉を鳴らして麦酒のジョッキを一気に傾け胃に流し込んでいく。それをココは溜め息を吐きながら見ている。
「普段は量も飲まないんだけどね。宴会の時だけ飲むの。そして……」
「聞いてくださいよ、ニクス様ぁ!」
ココが指差したライさんは突然ニクス様の肩を抱いた。しかもばしばしと音を立てて叩いている。
「自分で構わなければ」
「もち!」
牙を見せて笑ったライさんはニクス様に対していつになくとても親し気だ。会話した場面もほとんど見ないのに。
「俺はこの世界に来た時に驚きましたよ!見渡す限りの畑、畑、畑!家畜もいたが肉食獣の俺が降り立った新天地で用意されたのはほぼ野菜!俺は餓えると思いましたね!」
「左様か」
「だけど俺は挫けなかった!何故か分かりますか!」
「いや」
「俺の目の前には契約者がいた!そうそれは幼き日のココだった!しかも………」
ライさんの熱を帯びた語りが展開されていく。それをニクス様は肩を抱かれ、叩かれ、揺すられながら淡々と聞いている。……反応は薄いのに目は見ているから、興味がなくて聞き流しているわけでもないらしい。
「……ね?ライってお酒飲むと熱くなるの。そんで、お酒と説教臭くなる。今日は僕じゃなくてニクスが相手だから説教は……」
「それにしてもニクス様!もう少しその羽の色の様に明るく振る舞われてはいかがか!ココの様にとまでは言わずとも!」
「……してるね。お説教……」
ココの読みは外れてニクス様がライさんに叱られている。ニクス様に面と向かって物申す人なんて、レブ以外に初めて見た。
「僕だけじゃなくて、ニクスにもなんだ……」
ココが頬杖をついて話に夢中になっているライさんを睨んでいる。私はそっと彼にオムレツの皿を寄せた。
「手が止まってるよ。飲めない分、私達は食べなきゃ」
手元の皿を見て、ココの表情が数秒で明るく変わっていく。




