邂逅するレブ。
「あるわ。一度だけですがね」
カルディナさんはあるんだ。それでも一度だけ……。
「その時のブラス所長は何を呼び出したんですか」
「……門番、よ」
種族を言わずにカルディナさんは言った。
「それじゃ分かりませんよ」
「ごめんなさい。でも……門番を番人と違う目的で呼び出して所長は暴走させたの」
今まで聞いた事はあっても実例を目にした事が無い暴走という単語が再びでてきた。分からないと言っていたチコも一瞬息を呑む。
「何かしたんですか……?」
「遺跡に残された召喚陣があったの。風化してボロボロになっていたそれを解読し、再現したら陣の向こうにいたのは人の手に余る怪物。召喚されかかったインヴィタドを所長は自ら召喚陣を破って食い止めた」
食い止めたから騒ぎにならなかったのかな。それか、セルヴァに情報が届いてなかっただけでトロノでは問題になっていたか。
「それから所長は召喚陣の再現という功績を称えられた。だけど、当時はひと月昏睡状態だったのよ」
召喚士を一か月寝たきりにするようなインヴィタド……。何を呼び出したらそんな事になるんだろう。レブも魔力の吸い取りでしばらく私の体が怠かったけど、その比ではない負担だった筈だ。
「今度会ったら直接聞くか」
「答えるかは貴方次第かな」
チコがやる気を出してる姿にカルディナさんが微笑む。でも本人はあまり掘り下げられたくない気もする。今は全然召喚陣を駆使している印象もないし。
「トロノの所長が起こした事件な。……んぐ……っ。ぷへ、確かそのインヴィタドがとてつもなくデカくて、遺跡もぶっ潰したんだったな。召喚士の世界じゃそれなりに広まった話なんだぞ、おじょーさん」
フェルトでも知っているぐらいには有名なんだ。サロモンさんは口に突っ込んだ瓶を傾け、機嫌は良さそうだった。心なしか滑舌が怪しい。
「へっへ、でも人間じゃどうやっても手懐けられねぇ相手もいるわな」
ゲフ、とおくびを出してサロモンさんの顔がどんどん赤くなっていく。ウーゴさんは顔を歪めて鼻を押さえた。
「サロモンさん、酒臭いですよ」
「んだよ、もう無くなるから見てろ!」
「あ、一気に飲んだら体に……!」
ウーゴさんの注意も聞かずにサロモンさんは一気に瓶を傾け、喉を鳴らして飲み干してしまう。耳障りの良くないゴフゥゥ、という吐息の音と何とも言えない匂いが近くを歩いていた私達の鼻に入る。
「ぷへぇぇぇ!うんまい!」
「……む」
「どうかした?」
レブもサロモンさんを睨んでいたが、ふと表情を変える。すぐに私の服の裾を引っ張って一言。
「あの男は何を飲んでいた」
「何って……」
緑色の瓶で中身は分からない。だけど匂いですぐに分かる。
「ブドウ酒でしょ、ただの」
言ってから、気付いてしまった。そうだ。サロモンさんが飲んでいたのは間違いなくお酒。大事なのはその原料がレブにとってどういう存在なのか、だ。
「………!!……っ…!!!」
「れ、レブ!?」
レブが見た事が未だかつて無い程に吃驚している。サロモンさんの持つ空の瓶と私を交互に見て、その目と大きな口をあんぐりと開けて仰天の表情を浮かべた。
私は、今までレブに伝えていない“存在”があった。意地悪をしてやろうという気持ちで黙っていたつもりはない。
ある時にそう言えばブドウの楽しみ方には他にもあるよな、と思い出した。でも私はその話をするべきと感じなかった。
私の十六という年齢なら飲酒は問題ない。だけど飲酒する習慣がなかった。本来は十六の誕生日に記念として家族からお酒を飲まされる習わしがある。でも私には家族がいなかったからそれすらも無い。何度か口にした事はあっても大人達の様に晩酌、なんて真似をしようという気は起きなかった。
……だから、私にとってブドウ酒という存在の優先順位はかなり下の方に眠っていた。レブにこんな表情をさせるような存在だとは夢にも思わなかった。
「レブ……お酒、飲むの?」
「………!……」
声にならない叫びを上げてレブがカックン、と頷く。衝撃だったんだね、レブ……。今まで一度もお酒を飲みたいとか飲んでいる素振りを見せなかったけど、それは私が聞かなかったからだ。……ブドウから生まれるお酒なんて、酒を飲めてブドウが大好きな存在が見逃す理由は無い。万が一有るとすれば、ただ単に知らなかっただけ……。ブドウを知らなかったレブがブドウ酒という発想に自力で辿り着くには今回の様な偶然に助けてもらわないとなるまい。寧ろ今日までその偶然が発生せずに済んでいた方が私にとっても意外だった。




