忘れ物は後程に。
第十八章
私は一つ、この世界の“ある存在”を伝えていなかった。最初は意識して黙っていた訳ではない。けれどある時、ふと歩いていて思い出してしまったのだ。自分には縁がないものとは言え、あれだけ身近にいながら言わなかったなんて。気付けなかった自分に腹が立つ。
彼の方も知らない様子だった。結局言う機会を逃して今日という日を迎えてしまう。知らないなら、その方が良いのか。迂闊に話してはいけないかの判断もできないくらい情報が少ない。そんな中、私達は徒歩での旅を十日続けて目的地へと到着する。カンポ地方の北寄りの中心に据えられた農耕の町、フェルティリダッドは今日も賑わっていた。
「泊まる部屋ってあるかなぁ?」
「契約者が来てるんだ。どうにかするに決まってるだろ」
フェルトに着いてまず向かったのが召喚士育成機関フェルト支所。その道中にココがライさんを見てボソリと話し始めた。そう言えば、着いて話す事までしか考えてなかったかも。
「野宿とかは無しにしてほしいな……やっぱり」
フジタカもボサボサの毛皮で呟いた。私もゆっくり水浴びをして体を洗いたい。
カラバサを出立した私達をすぐにビアヘロが襲ってきた。しかし、それはレブとフジタカの手ですぐに処理される。その後の私達の旅は穏やかそのもの。歩き続ける疲れはあったものの、ロカへ向かう時のような緊迫感はなかった。
一つはレブのおかげ。敵なら現れてから対処すれば良い、と言ってくれたから皆が気を張り続ける事が無かった。そしてもう一つがココのおかげ。
「大丈夫だって!ね、ねぇライ?」
「あぁ。連絡も無しにとは言え、わざわざボルンタから契約者が来るんだ。なんとしても寝床ぐらいはもてなす」
ココは確信が無かったみたいだけどライさんは断言する。そこに苦笑していたのはウーゴさんだった。
「はは、決めるのは二人じゃないでしょうに……」
細々した事で色々苦労しているんだろうな……。ライさんの寝坊癖やココの奔放さとか。
「あぁ、ザナさん。例の案内だが、明日でも問題ないか?」
案内、と言われて何か考えたけどすぐに思い出す。半月も経っていない事を忘れるなんて若者らしくない。……レブに悪いし。
「構わぬ。店は逃げまい」
本人もフェルトの果物屋へ案内してもらう約束はしっかりと覚えていた。逃げられそうにないが自分で蒔いた種だもの。
「では、こちらへ」
ライさんとウーゴさんと先頭に立って歩き出す。その間町の通りを見ていたが、食べ物はやはり多い。至る所から肉や野菜の焼ける匂いが漂ってきてどんどんお腹が空いてきた。
「ニクス様、お加減はいかがですか?」
「……特には」
道中、ニクス様と話す時は何度もあった。寧ろ、今まで話せなかった分こちらからなるべく話し掛けていたと思う。
応対は相変わらず間もあるけどどこか変わった様に思う。切っ掛けはやはり、カラバサからフェルトへ向かうと自ら言った時だ。
今までできるからしていた事に加え、自分から別の人の為に何かしようとする。それはレブにとっても相当衝撃的だったらしい。それがたとえ、私達ではなく同じ契約者のココを想っての事だったとしても。
「ライー、疲れたー。おんぶー」
「お前は年端もいかない幼子か!」
「いだいっ!」
当のココは今もライさんに拳骨で打たれた様に、調子は変わらない。言っては悪いけど、やっぱり聞いただけでは命を狙われているとは思えないんだ。ニクス様との覚悟の差が如実に出ていて、私達はどうしてもそわそわしてしまう。
特にフジタカはココが自分になついてくれている事もあって気に掛けていた。歳が近い同性で、更に獣人ともなればチコよりも親近感が湧くのは当然かも。
「トロノの方が人は多いが……」
「こっちの方が活気あるよね」
横を歩くチコが何か言いたげに町の人達を見ていたので先に自分の感想を言う。チコも頷いて頭の後ろで手を組んだ。
見ていてフェルトの人達は互いに声を掛け合っている。なんて言うんだろう、皆がトロノの郵便配達をしていたダリオさんの様に見えた。知り合いに会うと声を掛けて世間話が始まり、更にそこへ通り掛かった人が話に加わっていく。
「余所者へ厳しいとかもないよ。逆に、下手に捕まると質問攻めにあうかもね」
「じゃあ気を付けないと」
ココはやっぱりこのフェルトをよく知っている。でも、言う通りそんな気がする。悪い事をしたらすぐに噂として広まりそうだけど、まずは歓迎してくれそう。こちらを気にした人達は皆がひそひそ話すのではなく笑顔を見せてくれたから。




