60話 アルバイト②
「……え?りょ、旅行?」
優花ちゃんが僕に言ってきたことを思わず聞き返すと
「えぇ、毎年この時期になると避暑地に1週間ほど行っているのですが、よければ京さんもご一緒にと思いまして……。それで、どうでしょうか?」
って、改めて言ってくれたんだよね。だけど、
「でも1週間も行くんだったらお金がかなり掛かるんじゃないの?それに1週間言っていたらダンスの練習も出来ないし……」
そもそもまずはお母さんに相談しないといけないし……。それにOKをもらったとしても、それでもやっぱり1週間も行っていたら費用はかなり大きくなるもんね。
そんなことを考えながらそう返すと
「ダンスの方は大丈夫ですよ?真琴ならもうすでにダンスは全部完璧に踊れるようになっているでしょうし、教え方に多少は難があるかもしれませんがまったく練習が出来ないってことはありませんよ?それに費用の方も「だぁれの教え方に難があるって?」……帰ってきたようですので、この話はは後にしましょうか」
「……ったく、あたしがいないことをいいことに言いたい放題していたみたいね。まぁ、それは後で問いただすとして……」
優花ちゃんが答えてくれていたんだけど、その途中で真琴が帰ってきて遮ってきたんだよね。それで、そのまま優花ちゃんの言ったことを問い詰めるのかと思ったんだけど、真琴は言葉を一回区切ってから
「牧野先生が来たんだからさっさと席に着きなさいっ!!」
そう大声で言って、みんなを席につかせたんだよね。それで牧野先生の最後の夏休みでの諸注意の説明があったんだんだけど、真横で大声を出したものだから少し耳が痛かった僕は片耳を手で押さえながらその説明を聞いたのであった。
…………
……
「それで、何の話をしていたのよ」
牧野先生の説明後はすぐに解散になって僕たちはそのまま帰ったんだよね。なぜか健吾が教室前で待っていて合流したんだけど……。それで僕と優花ちゃんと真琴、それに健吾と勇輝君と小野君と空元君っていう、いつもと比べるとかなり多い人数で帰っていて、ちょうど正門前まで来たところで真琴がそう切り出したんだよね。そしたら
「夏休みのいつもの旅行のことについて京さんと話していたんですよ。みなさんも揃っていますから丁度いいと思いますし。それで早速なのですが、夏休みの大体今から2週間後くらいですか。そのときに1週間ほど避暑地に旅行に行っているのですが、みなさんもよろしければどうですか?」
優花ちゃんもそれに便乗するようにみんなにそう話しかけたんだよね。小野君は予めわかっていたみたいで「もちろんや」って言っていたけど、他のみんなはいきなりのことだから少し様子見している感じだったんだ。優花ちゃんもそれは織り込み済みだったみたいで、
「もちろん予定があるというのなら無理はいいませんので大丈夫ですよ?それと、これは先ほど京さんに言いかけたことですが、旅行費についても宿泊費については心配しなくて大丈夫ですので、比較的安くはすむはずです」
って追加で説明してくれたんだけど、
「え?なんで宿泊費いらないの?」
そこが一番掛かると思っていた僕は、宿泊費が要らないと言われて思わずそう返したんだ。そしたら優花ちゃんは
「えっとですね。その場所には私の祖父母が住んでいまして、家が1つ余っているんですよ。それで、その家の掃除もかねて毎年1週間ほど住まわせてもらっているんですよ」
ってさも当たり前かのように言ってきたんだよね。
「えっと……」
だから僕は助けを求めるように真琴の方に視線を動かしたんだけど、真琴は肩をすくめながら
「……前に優花の家に行ったときにも言ったけど、この子の普通に常識を求めるのはあきらめた方がいいわよ?」
って言われたんだよね。だから僕も
「そ、そうなんだ……。そういうことなら僕はお母さんに聞かないとほんとにいけるかどうかはわからないけど、たぶん大丈夫だと思うよ?」
って優花ちゃんに返したんだ。そしたら
「何だか私がズレているような言い方をされているような気もしますが……。今はそれよりも、他のみなさんはどうでしょうか?」
優花ちゃんは僕たちにそう言われたことが不服だったみたいで、顔を少し膨らませながらそう健吾たちに話を振っていたんだよね。それに対して
「あぁ、俺はいけるぜ。1週間くらいなら調整は出来ると思うし」
「俺も同じじゃ。文化祭の練習も篠宮さんがおるから、最悪向こうでも練習できるじゃろうし、問題ない」
「ボクはちょっと生物部の方があるからまだはっきりは決められないッス」
健吾たちはそのことには触れないように返していたんだ。空元君はまだわからないみたいだけど、みんな参加するみたいだし、やっぱり僕もはっきりと参加するって言いたいなぁ。
そんなことを考えながらたわいもない会話をしていると、みんなと別れるところまで来たんだよね。そこで真琴たちと別れてから健吾の自転車の後ろに乗せてもらって家まで送ってもらっていると、
「それで、どうするつもりなんだ?さっきは大丈夫だって言っていたけど、都さんを説得しないといけないだろ?」
って健吾が話を振ってきたんだよね。
「うん。たぶん大丈夫だとは思うけど……」
お母さんのことだから楽しんできなさいって言ってくれると思うんだけど、数ヶ月前に倒れちゃってるしなぁ……。神様から命には別状がないって保証してくれたことをお母さんにはすでに話してあるけど、それでも心配されると思うし……。
健吾に改めて言われてから万が一のことを考えて負のループに入りそうになっていると、
「まっ、なんとかなるから大丈夫だって。それに、どうしても無理そうだったら俺の名前を出していいから」
って健吾が言ってきたんだよね。健吾が前を向きながらそう言ってきたから表情はわからなかったけど、確信めいた感じにそう言ってきたんだよね。
「え?何で健吾の名前を言えば大丈夫なの?」
健吾は大丈夫だって言っても、やっぱり健吾の名前を出すだけではそこまで変わらないと思った僕が健吾にそう聞きなおすと
「まぁ、そこは都さんとちょっと話したことがあってな」
「そのちょっとした話って「それ以上は言わないからな?」……」
健吾が一応教えてくれはしたんだけど、それ以上のことは教えてくれないで言葉を遮られちゃったんだよね。だから
「そ、そう。それじゃあ、いざとなったらお願いするね?」
「おう」
僕は素直に手札の1つとさせてもらうことに決め、その後はいつものように健吾に家まで送ってもらったのであった。
…………
……
「……京ちゃんが旅行に行くのは賛成したいところだけど、反対ね」
「……え?」
家に帰って早速お母さんに話したんだよね。賛成してくれると思って話したんだけど、反対って言われて思わず僕は聞き返したんだ。すると
「お金はどうするの?優花ちゃんのお家を使わせてもらえるとしても1週間も旅行に言っていたら掛かるお金は少なくないわよ?お母さんとしては出してあげてもいいんだけど、それだと京ちゃんのためにならないから反対しているの」
ってお母さんに言われちゃったんだよね。うぅ、確かに手持ちのお金は少ないけどさ……。こればかりはどうしようも……、あっ。
「そういえば、健吾がお母さんに名前を出したら大丈夫って言っていたんだけど……?」
お金のことを言われてしまって、早くも切れる手札がなくなった僕は早々に健吾の名前を出したんだ。すると、
「健吾君……ね。それなら仕方ないわね。でも条件があるけど、それでも大丈夫かしら?」
思っていた以上に効果があったみたいでお母さんがすぐに折れてくれたんだよね。だけど、
「条件って……?」
ただ賛成してくれるって感じじゃないみたいなんだよね。でもそれにすがりつくしかない僕はその条件を聞くために聞き返すと、お母さんはその言葉を待ってましたとばかりにニッコリと笑顔を作ってから僕にこう告げたんだ。
「お母さんが言った場所で旅行までの2週間、バイトをしなさい。無事にバイトを2週間することが出来たら旅行に行ってもいいわよ」
一応、補足しておきますと、京ちゃんの母親は健吾が近くにいたら何かあっても大丈夫だと思っているので、体調面の方の話はしていません。




