番外編② こどもの日の一幕
今回は番外編なので、本編より時間をさかのぼっていますのでご注意ください。
「雛祭りもこれからは用意しないといけないわね」
今日は5月5日――こどもの日――で、柏餅を食べているとお母さんが急にそんなことを言い始めたんだよね。どうしてそんなことを言い出したのかがわからず、
「なんで?」
って思わず聞き返したんだよね。すると、
「なんでって、京ちゃんが女の子になったじゃない。女の子なんだから雛祭りの用意が必要になるでしょ?」
お母さんは何故か嬉しそうな顔をしながらそう言っていたんだ。僕はそれに呆れた顔をしながら、
「いやいや、必要ないからね? 僕は男だからね? 男なんだから、雛祭りなんてする必要ないし、今だってほら、柏餅食べてるし」
片手に持った柏餅を軽く持ち上げつつそう返したんだ。僕が女だって言うなら、これも必要ないものだしね。まぁ、修兄がいるから僕がどっちだろうと柏餅があるのは当然って言えば当然なんだけど、僕の分も相変わらずあるってことはそういうことだよね、うん。
そんなことを考えていると、
「まぁまぁ。備えあれば憂いなしって言うでしょ? 今はまだ男の子だって京ちゃんも言っているけれど、いつか女の子に体だけじゃなくて、心からなりたいって思ったときに雛人形があれば素敵じゃない?」
お母さんが諦めることなくそう言ってきたんだ。それに僕は
「いや、無いからね? 絶対に女の子になりたいだなんて思うことなんて無いからね? 絶対だからね? それに雛人形を買うのだって安くはないでしょ? 出番がなくて埃を被るためだけの人形にお金を使うなんて無駄なだけなんだから必要ないって」
変わらず冷めた視線を送りながら返したんだ。だけど、僕がこうやって反論しても、雛人形を購入する気満々なお母さんにはまるで意味がなく、
「無駄になるっていうのはね、買った当人たちが買ったものに対して価値を見出せないときに言うものなのよ? 少なくても私たちにはそうならないと思うわよ」
「……たち?」
まるで気にした素振りを見せずにそう言ってきたんだよね。そのときに言っていた言葉の中に引っかかりを覚えた僕は嫌な予感がして聞き返したんだ。すると、
「えぇ。2人も乗り気みたいだしね」
お母さんがウィンクをしながらそう言ってきたんだ。そこでようやく、普段だったら真っ先に騒ぐであろう修兄が静かなことに気が付いたんだよね。慌てて修兄の方を向くと、
「これなんてどうだ?」
「いや……、それよりも……」
まるで内緒話をするかのように、肩を寄せ合って何かのパンフレットを見ながら小声で相談している父さんと修兄がいたんだ。
「……2人とも何してるの?」
何を見ているのかの想像はついたけど、違うことを信じてそう問いかけたんだ。2人は僕が話しかけたことに最初は気が付いていなかったんだけど、じっと見ていると2人が視線を感じたみたいでやっと顔をあげてくれたんだ。
「……で? 何を見ているのかな?」
それに僕はワザとニッコリと笑いながらそう問いかけたんだ。僕としては僕がいらないといっている雛人形探しをしていることに少しでも後ろめたく思ってくれればといいな思っていたんだけど、
「そりゃあ、もちろん雛祭りのときに飾る京のための雛人形のパンフレットに決まっているだろ」
「あぁ。一度しか買わないものだから真剣に決めないとな」
2人とも悪びれる様子もなくそう返してきたんだ。そして2人はまた視線をパンフレットに戻してから話し合いを始めちゃったんだよね。
それを見た僕は2人から視線を外し、お母さんの方を見たんだけど、お母さんは「ね? 言った通りでしょ?」と言わんばかりにもう一度ウィンクしてきたんだ。それを見てこの場には僕の味方がいないということを理解した僕は脱力しながら椅子の背もたれに体を預け、
「もう……、勝手にしてよ……」
と呟いたのであった。
<こどもの日の一幕 END>