159話 この気持ちを伝えるために
ピンポーン――
健吾と出掛ける約束をした週末の土曜日、健吾が迎えに来るのを待っていると、健吾が家に着いたことを知らせる音が鳴り響いた。
僕は彩矢の写真――はないけれど、彩矢が残してくれた手紙に「行ってきます」と呟いて、健吾が待っている玄関へと足を進めた。
「健吾、おまたせ」
玄関の扉を開けると、ポケットに手を突っ込んで、壁にもたれかかっていたんだ。
僕が出てきたのに気がついた健吾は、壁から背を離し、
「おう。じゃあ、行こうか」
と言って歩き出したから
「うん」
と返事し、健吾の横に並び、目的地へと向かったのであった。
…………
……
「それにしても、本当にここでよかったのか?」
目的地へと着いた健吾は、僕の方を向いて、確認をしてきたんだ。
「うん、ここがよかったんだ」
それに僕は頷いて返したんだ。本当はもっと他のところの方が良いとは思ったんだけど、健吾の告白に返事をするためにも、昔は何度も一緒に行ったゲームセンターから今日は始めたかったんだ。
「そうか、それで今日はどれからするつもりなんだ?」
最初にこの場所を指定したときに渋っていた健吾も、今では納得してくれたみたいで、どこから遊ぶか尋ねてきたんだ。
「うん、最初は――」
だから僕は最初にしたいゲームを伝え、2人でそれがある台に向かったのであった。
…………
……
「むー、勝てない……」
昔から、健吾と一緒に遊んだ格ゲーで対戦をしたんだけど、久しぶりにしたこともあって、健吾に全然勝てなかったんだ。余りに勝てなくて、不貞腐れていると
「ははは、京はここ暫く触っていなかったんだろ? 当然の結果ってやつだ。それに、手を抜かれて勝たされるよりは良いだろ?」
このゲームをずっと続けていたらしい健吾が対面の筐体から、笑みを浮かべながら顔を出してきたんだ。
「そうだけど……」
それでも、やっぱりずっと負け続けるのは面白くない。
その僕の心の中が健吾にも伝わったみたいで、
「あー、そろそろ違うとこ見るか?」
健吾から違うところを見ようという提案があったんだ。
「……うん」
負けたままというのは悔しいけど、これ以上続けても勝てる気がしなかった僕は渋々頷いたのであった。
「わかった。それじゃあ、次はあっちのクレーンゲームの方に行くか。実は、あれも少し練習してな。昔よりも取れるようになったんだぜ?」
早々にCPU相手に負けてゲームを終わらせた健吾は、クレーンゲームの方を指さしながら提案してきたんだ。
「へぇ、そうなんだ。それじゃあ、欲しいものがあったら、お手並み拝見をさせてもらおうかな?」
態々言ってきたってことは、相当自身があるのかな? 確かそろそろあれがクレーンゲームに入荷されるという情報があったはず……。もしあったらお願いしてみようかな。そんなことを考えながら僕はクレーンゲームのコーナーへと向かったんだ。
…………
……
「あ、ありがとう……」
僕は健吾から手渡された縫いぐるみを両手で抱えながら、茫然としていた。
いや、だってね? 絶対取れないと思っていたものをポンと取っちゃうんだよ?
「おう」
健吾は何でもないように笑っているけど、
「それにしても、よくこんなに早く取れたね?」
実際に手に持っているけど、倍の金額は少なくとも掛かるものだと思っていた僕は、抱えている縫いぐるみを握りながら訪ねると
「あぁ、それなんだが、実はクレーンのアームってのは、片方だけ強く設定されているんだ。今回だと、こっちだな。だから、こっちのアームで上手くひっかけてやると簡単に取れるんだよ。今回は縫いぐるみの起き方もひっかけやすく置かれていたしな。だからこれだけ早く取れたんだよ」
健吾は指をさしながら説明をしてくれたんだ。
でも、
「位置を合わせるのが出来なさそうだなぁ」
健吾の言う通りに出来れば確かに出来るかもしれないけど、まずそんなにピッタリ止めることなんて出来ないもん。
だから思わずそう呟くと
「まぁ、それは慣れってやつだ。どこを狙えばいいのかがわかれば、後はそこにアームを合わせられるように練習すればいいだけだからな」
健吾は慣れだと返して来ただけど、その慣れるまでに一体どれだけ溶かしたんだろう……。
お金がどれだけかかるかわからないけど、僕も頑張れば健吾みたいに取れるようになるかな?
そんなことを考えていると
「まぁ、そういうわけだから、欲しいのがあれば言ってくれ。とってやるから」
健吾は、少し自慢気にそう言ってきて、
「……うん、ありがと」
頑張ろうと思った気持ちが一瞬で吹っ飛んでしまった僕は、縫いぐるみの後頭部に口元を埋めながら、健吾にお礼を言ったのであった。
…………
……
「よし、そろそろ帰るか」
縫いぐるみを抱えていることもあって、僕は自分で遊ぶことは出来なかったけど、健吾が色々なゲームをプレイしているのを後ろで見ていると、時間も思っていた以上に経っていたみたいで、健吾がそう言ってきたんだ。
「うん、そうだね」
健吾の言葉に相槌を打ったけど、何かを忘れているような……?
何を忘れていたかに悩みながらも健吾の後について、ゲームセンターを出たんだ。
その直後
「あっ!!」
「ん? どうした?」
唐突に僕は忘れていたことを思い出したんだ。健吾には何でもないと返しながらも僕は冷や汗が止まらなった。
どうしよう!? 健吾の告白の返事をすることを忘れてた……。
いや、予定ではもっと早くゲームセンターを出るつもりだったんだよ? それで、どこか落ち着いた場所に行ってから、その話を切り出すつもりだったんだ。
とにかく、どうにかして時間を作って健吾からの告白の返事をしなきゃ。
今日を逃したら、絶対にまた機会を作るのに時間がかかる気がするんだよね。だからこそ、どうにか引き止めないと。
健吾を引き止める方法を考えている内に、僕たちは帰路をどんどん進んでいき、帰り道も残り半分をきってしまい、今の信号のわずかな待ち時間すら貴重なものになっていた。
そのことでさらに焦ってしまった僕は、考え事に集中しすぎて、信号が赤から青にも関わらず、立ち止まってしまっていたんだ。
すでに信号が青に変わっていて、健吾がすでに横断歩道の半分を渡り切ろうとしていたことに気が付いた僕は、慌てて健吾を追いかけようとしたんだけど、足を動かす瞬間、視界の端に、猛スピードで横断歩道に向かってくる車が映ったんだ。
なんで全然音がしないの!? それに、運転席に誰も……っ!?
「健吾っ!! 危ないっ!!」
ただ、そのことを考えるよりも先に動き出していた僕は手に持っていたぬいぐるみを放り投げ、健吾の体に体当たりをしたんだ。
あの時よりも軽くなった身体でも、健吾を突き飛ばすことが出来たことにホッとしたのも束の間、僕は身体に強い衝撃を受け、意識を手放した。




