156話 気持ちと向き合うとき
ここから京視点に戻ります。
ピンポーン――
あの日の約束通り、健吾が迎えに来てくれたみたいだ。
「お母さん、言ってくるね」
玄関まで見送りに来てくれたお母さんの方へ振り返りそう言いと、
「えぇ、行ってらっしゃい」
母さんの言葉に背に、扉を開けて
「おはよう、健吾!」
と健吾に挨拶をしたんだ。
僕の声に健吾も気が付いたみたいで、
「あぁ、おはよう。きょ……う……」
僕に挨拶を返そうとしていたみたいなんだけど、僕を見て言葉を失っているみたい。やっぱりビックリするかな?
僕は肩に触るくらいになった髪の先端を指で触れながら
「えへへ……。えっと……、変……かな?」
と健吾に近づきながら問いかけると
「いやいやいや、全然変じゃないって。でも、急にどうしたんだ?」
健吾は首をこれでもかと左右に振りながら変じゃないって言ってくれたんだ。ただ、あまりにも勢いよく振るものだから、僕はおかしくて思わず笑みをこぼしながら
「僕なりの決意のつもり……かな」
あの長い髪は僕よりも彩矢の方が似合っていたと思うんだ。だからこそ、僕に似合う髪型にしようと思ったんだ。
「でも、反対されたんじゃないか? 特におじさんとか修矢さんとか……」
「あはは……。そこはお母さんに協力してもらったから」
健吾に言われたように、髪を切るってなったときの父さんと修兄の反対っぷりったらそれはすごかったもん。危うく軟禁されかけたし。まぁ、その前にお母さんが怒ってくれて無事に外に出ることが出来たんだよね。そのときのことを思い出して、苦笑しながら答えると
「あぁ……。さすが都さん」
健吾も何故か苦笑で返してきたんだ。あれ? 健吾にお母さんが家族の強さじゃ一番強いってこと言ったことあったっけ? 健吾が知っている素振りを見せていることに疑問を浮かべていると
「それより、ここにずっといたら遅刻してしまうし、学校に向かうとするか」
健吾がそう言って自転車のペダルに足を掛けたんだ。時間を確認すると、確かにそろそろ向かい始めないと厳しくなってくる時間だった。だから
「うん、わかった。すぐに準備するからちょっと待ってて」
浮かんだ疑問を振り払い、自転車を置いてある方へと小走りだそうとしたところで、
「あ、そうだ」
僕はあることを思い出し、鞄の中を漁って、
「心配をかけたお詫びってわけじゃないけど……。はい、お弁当」
健吾にお弁当を手渡したんだ。
「あ、あぁ」
だけど、受け取った健吾は困惑していたんだ。だから
「……ごめん。やっぱりもうあるよね?」
健吾からお弁当を回収しようと手を伸ばしたんだけど、
「いや、そんなことはない。今日は丁度母さんが弁当を作り忘れたんだよ。だから助かるよ」
健吾は僕の手からお弁当を逃がすかのようにお弁当を持った手を上にあげたんだよね。
「そう? なら良かった」
健吾でもお弁当2つは食べられないだろうし、無駄にならなくてよかった。無事にお弁当を渡すことが出来て僕は今度こそ自転車を取りに行ったのであった。
…………
……
「京やっと来たわね……って、どうしたの、その髪!!」
健吾と別れ、教室に入ると、すぐに僕に気づいた真琴が駆け寄ってきたんだけど、僕の髪を見て叫び声をあげたんだ。
「よし。ちょっと中山君殴ってくる」
そしてそのまま健吾を殴るとか言って教室から出て行こうとしたから
「何でそうなるの!?」
僕は横を通り過ぎる真琴の腕を掴んでなんとか阻止したんだけど
「何でって……。髪を切った原因って中山君にあるんでしょ?」
真琴は何で止められたのかがわからないといったような呆れ顔をしていたんだよね。
「いや、違うけど……」
僕は僕で、どうして健吾に原因があると思ったのかがわからず、首を傾げながら返すと
「え? 違うの!?」
真琴にとっては意外だったみたいで、僕の髪を見たときよりも大きい声をあげていたんだ。
「うん。またいつか話せると思うんだけど、少し落ち込んじゃうようなことがあったんだ。健吾のおかげで立ち直れたんだけど、そのときにイメチェンをしようと思ったんだ」
何か勘違いをしているみたいだったし、少しだけ事情を説明すると
「あら? そうなの。まぁ、京が元気になったのだし、そういうことで良いわ」
やっぱりほとんど説明出来ていないこともあり、真琴は完全には納得出来ていないような表情を浮かべていたけど、引き下がってくれたんだ。
真琴が引き下がってくれたことにホッと一息ついていると、今まで僕たちのやり取りを静観していた優花ちゃんが
「もう大丈夫なんですね?」
と聞いてきたから
「うん。大丈夫」
と返すと
「ならよかったです。ですが、いつか話せるときが来たら話してくださいね」
優花ちゃんは笑み浮かべながらそう言ってきたんだ。そして丁度優花ちゃんが言い終わるくらいのタイミングで
「皆席に着けよー」
と言いながら担任の牧野先生が入ってきたから僕たちは自分の席についたのであった。
…………
……
「熱海、体調はもう大丈夫なんだな?」
放課後、始業式を休んだこともあり、始業式に配られるはずだったプリント類や、提出するはずだった宿題の受け渡しをするために職員室まで来ていた僕は牧野先生に体調のことを聞かれたんだ。
「はい、心配をお掛けしましたが、もう大丈夫です」
お母さんがそう言っておいてくれただけで、そもそも体調不良ではなかったからね。だけど、牧野先生にも心配をかけたことも事実なので、そう伝えると
「そうか。これからもまだまだ風邪が流行る時期は続くから、体調には気をつけろよ」
僕が体調がもう大丈夫なことがわかって安心したような表情をしていたんだ。
「はい、ありがとうございます。それでは、失礼します」
だから僕はお礼を言い、渡されたプリントをもって職員室を出たのであった。
「……ふぅ」
職員室の扉を閉め、職員室の独特の空気のせいか、いつの間にか力が入ってしまっていた肩の力を抜くために息をはいていると、
「京、少しいいじゃろうか」
勇輝君が声を掛けてきたんだ。
一方その頃、京が職員室でプリント類を先生から回収するのを待っていた健吾は
「中山さん、少しよろしいでしょうか」
久川さんにそう声を掛けられていた。




