154話 思い出した想い2
ピンポーン――
熱海家の前に着いた俺はインターホンを押した。押してから暫くすると
「健吾君、ごめんね? 折角来てくれたけど、京の調子は……」
都さんは扉を開けながら俺に断りの文句を言おうとしていたんだが、
「……少しはマシな顔になったようね。何かきっかけがあったのかしら?」
俺の顔を見た後、そう言い直したんだ。だから俺は
「はい。都さんは彩矢のことを覚えていますか?」
頷いてから彩矢のことを訊ねたんだが、
「彩矢のことを思い出したのね? あの子のところに行ってきたのかしら?」
都さんはそもそも忘れていなかったようだ。
「まぁそのあたりは今はいいわね。健吾君、親としては情けないお願いとなってしまうのだけど、京のことお願い出来る?」
「はい、俺はそのために来ましたから」
きっと、都さんも枡岡さんの言う約束のせいで京に彩矢のことを話すことが出来なくなっているのだろう。だからこそ、俺が京と話をつけないといけないんだ。
都さんの顔を見てそう答えると、都さんはお願いねと呟いた後、俺を京の部屋の前に連れて行ってくれたのであった。
…………
……
コンコン――
京の部屋の前に立ち、ノックをしたのだが、返事はなかった。
「京、彩矢のことで話があるんだ」
扉越しに京に呼びかけたが、やはり返事はなかった。そりゃそうだよな。俺は一度彩矢のことを忘れてしまって、京にあんな態度をとってしまったんだから。
「前にあんなことを言っちまったから、信じられないとは思うんだ。だからさ、ただ聞いてくれるだけでいいんだ。もし、少しでも俺のいうことが信じられると思ったらさ、この扉を開けてくれないか? 俺は絶対に開けないからさ」
そう言ってもやはり京の部屋からは反応がなかった。だが俺は続けて、
「実は初詣の夜、彩矢と話したんだ。まぁ、話したと言っても電話でだが」
彩矢と初詣の日に話したことを話した。そのときに、京の部屋からガタッと物音がしたから、京は俺の言葉に耳を傾けはしてくれているようだ。
「そのときに初詣の話をしたよ。彩矢がすぐに眠くなってしまってほとんど話せてないんだけどな」
今思えば、あの時には彩矢はもう限界で、残された時間で俺に何かを伝えようとしてくれていたのであろう。ただ、枡岡さんの言っていたルールに抵触してしまっていて、その時は全くわかっていなかった俺には伝わらなかったんだろう。どうして後少しだけでも早く気づけなかったのかと後悔しても悔いきれないが、それでも最後に彩矢から京を託されたんだ。だからこそ、今はまず京を立ち直らせないと。
そう決意を固めていると
「……ねぇ」
いつの間にか京は扉の近くまで来ていたようだ。辛うじて聞き取れるような声で
「彩矢はどこ……?」
彩矢のことを聞いてきた。彩矢は京には何も言わなかったんだろうな。だからこそ
「彩矢はもういったよ」
俺が伝えなくちゃいけないんだ。
「さっきさ、京が言う神様に会って来たんだ。そのときに聞いたんだ、彩矢のこと」
ちゃんと確認はしていないが、あの人が言っていた本来の形というのが彩矢がいない形なんだろう。だから理由まではわからないが、あの人が彩矢を消してしまったんだろう。その当たりは今なら母さんや都さんに聞けば少しはわかるだろう。
「元の形に戻しただけだってさ。そのときに一緒に俺の記憶からも抜け落ちてしまっていたんだ。情けないよな。そうでもしてもらえないと思い出せないなんてさ。だけど、それでも思い出せたんだ。だからさ、彩矢は間違いなくいたんだよ」
自分で言っていて情けなくなってくる。ただでさえ彩矢が居たことを証明出来るのは俺しかいないのに、肝心の俺が忘れてしまっていただなんてな。
さてと、今出せる手札は出し切ってしまったが、ここからどう語り掛けようかと思っていると
「彩矢は……」
再び京の声が聞こえたんだ。
「彩矢は……初詣楽しかったって言ってた?」
「あぁ。京には申し訳なくなるくらい楽しかったって言っていたよ」
京は彩矢の最後のお出かけが押し付けられたもので、楽しくなかったのではないかと思っていたようだ。だからそんなことはないと伝え、
「そっか……。わかった。ごめん、健吾。今日は……帰ってくれないかな? 月曜日には……顔を……見せるからさ。だからさ……」
言葉が詰まり始め、声色が変わり始めた京の言葉を聞き終える前に
「あぁ。月曜日また迎えに来るから、そのときにな」
と伝え、京の部屋の扉の前から離れたのであった。
…………
……
「お邪魔しました」
今日はこのまま帰ろうと思い、リビングに顔を出し、都さんに声を掛けると
「健吾君、まだ時間はあるかしら?」
と都さんに呼び止められ、
「もう少し今回のこと、知りたくない? 今なら少しは教えられるけど?」
と言われてしまい、願ってもないことだと俺は頷いてからリビングに足を踏み入れたのであった。




